小説家となるー1

  • 2024/06/25
  • SincArt

あなたの物語は、物語となっているだろうか。というより、小説となっているだろうか。

あなたが、小説家としてやっていくうえで、必要なことは、一つだ。

それは、ある特定のテーマに対して、あなたは多くを語れるかということだ。

私が言いたいのは、多くのテーマが必要ということではなく、一つの筋の通ったテーマをどれだけ、印象強く語れるかということである。

あなたが書いた本は、あなたの興味そのものを表す。

そして、あなたの、テーマについての興味自体が、面白さの本質として、一般的に受け入れられていくだろう。

そしてまた、面白くなければ、売れない。面白くなければ、長続きしない。それは、書き手も感じるはずだ。

さて、面白さとは、一体なんだろう。

私は、一つ結論を出した。

それは、丁重に言うなら、あなたの本はきっと、平たく言えば、2ページ、ないしは、4ページで終われる。

見どころは、ここで、この場面があってと、細かく言えば、きりがないが、見どころはそんなものではない。

私の本も、1ページぐらいで終わってしまう。文が完全に構成されてから、書かれている本は見やすい。

それでも、語るべきことが多くあるのは、見どころを華やかにするためである。

この本も、そういう点では、一つ、いかに重要なテーマを絞りだし、一つそれについて語り続けることができるか、ということである。そこに集中している。

まずは、なぜ、あなたが物語を書くのかから始めよう。

1.あなたの話は、誰に届くか。

あなたは、自分の話をするとき、自信をもって、目の前の人に話しかけているといえるだろうか。

それは、その話自体が、相手の生活や環境に寄与している方が良いと思えるからである。

それはそうで、もちろん、自分は自分のしたい話をするべきだし、人は聞きたい話をするべきだからだ。

そういう意味では、あなたは自分が主人公のように思える記事や本を誰かに伝えていくことが必要となる。

2.構成について

構成とは、自分が書きだした時点で、自分はどこへ行くために話をし、何のためにその本質的な話を選んだかということになる。

これは、難易度が高く、自分が理想的だと思える執筆を行えている方は、もれなく、自分がどこに終着するかということは、ほとんど、自分では理解できているはずである。言語化は、それを、実際の道とする作業で、楽しみがあるものとなるはずである。

構成について、話すことは多いが、まずは、自分がどこで止まれるかということを明確にしてから、物事を始めた方が良い。しかし、実際は、書きだしてから、展開が見えることもある為に、本質的には、何か興味のあることから始めるしかないということは、私の言っている大事なこと、すべてで一致している。

3.自分について

まずは、自分が何について、興味があり、本質的には、何が話したいかということだ。それは、物語の本質的な面で、場面を支える手綱のようなものにもなり、足場にもなる。これは、例え話で、実際に言いたいのは、場面は、確固たる足場、つまり、話の内容からくるということである。

足場自体は、比較的、もろく、自分がどこに行きたいのか決まってないと、結論は変わりやすいい。

例えば、主人公が助かるのか、それとも、主人公が滅びるの道を進んでしまうのか、こういう結論は、作成者の意図次第で、すぐに変わる。変わること自体は、良いことだが、そうも話が変わりやすいと、途中の話も、何となく、宙に浮いていて、確固たるものを感じられなくなる。そう言ったものは、迫力もないし、良いストーリーとは言いづらいだろう。

4.物語とは

物語とは、ある出来事を順序だてて説明することである。こと、物書きは、これを一般的に見て、上手いと見えるほど、練習するべきだ。それは、書き手の癖や書き方であり、決して、独特な言い回しだけではない。時々、奇抜なことをするのが、良い方法かと思ってしまう人もいますが、そうではない。しかし、良い表現には、独特の感性があって、それを表に出していくのは、決して悪いことではない。

まず、最初に、自分があなたをサポートしなければならないこととしては、どのように筋道立てて、変化を出していくかだ。書き手は、良い物語には、主人公の変化や、思いの跡がいるということを理解していかなければならない。

そのためには、自分が自分自身をどのように変化させていくのが、美しい、または見応えがあると思えるか、という感性がいる。感性なしで、良質な物語を作るのは、難しい。そのため、最初に述べたように、自分が興味のあることを延々と続けていく必要があるのだ。分かって、もらえたら嬉しい。それ以上の、書き手として、行うことは、あまりない。

5.感性とは何か

感性は、何を自分が良いと感じるかである。良いことを勧めて、悪いことを懲らしめる、そんな物語が良いと思えば、立派な思いの結晶である。自分が、何が好きかをメモを取ってみよう。その中から、自分の関連性が強いものについて、語っていけばいいと思う。

私は、最近、花と、年配の人の会話、に興味があり、その花について語るシーンの中で、何か衝突があれば、良いシーンが書けると思っていた。その文章を、乗せてみようとおもう。

自分とは

「私は、これを見て、美しく思ったのだよ。自分の感覚が今も変わらず、同じものを好きでいることを。そうだな、君も分かるだろう」

私は、肯定しなかった。それは、過去にしがみつく自分自身を、肯定できなかったからだ。

「私は、私でも。自分は、昨日の自分とは、もう違うのだよ。それを認識しないで、年を取れば、自分は、はたまた、いなくなってしまう。それがオチさ」

私が、恐れていたのは、年でもなければ、花でもない、結局、いつも同じ場所に、とどまるように生きてきた根本的な生き方そのものだった。

はい。これが、今回書いてて思ったことではあるが、新鮮な気持ちで、何回も同じことをして、失敗している自分を悔い改めることができました。自分では、気づかないが、本当は前進している主人公を励ますような展開になれば、この先も上手く話を書き続けていけるのかなと思いました。

これを読んで、私ですら、書くべきことが多いので、読んでくれた人は、なおさら、感想があると思っているところです。そういう意味では、なぜか、書いてよかったと思うし、それが基本的な小説の意味だと思います。

自分では、分かりませんが、自分が、どのようにこれを思い、書いたかということが明文化する必要のないということが、物語を書く上で、重要なことだと思います。素材の提供がなければ、何も議題がないことも鑑みれば、重要なのは、何を語るかであって、どの熱量をもって、自分が自分を見直したり、使える人だと思って書くかも、大事です。つまり、書きたいことがあって、どんなことを書くかは、その手に預けられているということです。