1.命の日
「今日が、命の日」
命の日。それは、自分がいなくなる日。
「残されたのか」
彼は、そう呟いた。彼は、命の部屋から、今、帰って来た。
「広人」
彼は、おれの名前を呼んだ。
「拓真」
拓真。彼は、命の部屋から、帰り、こうして今、自分と向き合っている。
「写真か」
拓真は、おれが持った写真を見て、言った。写真には、彼と自分が肩を並べて、笑っていた。
「おれたちは、ここから出られないんだ、広人」
「命の部屋から、帰って来たんだろう」
「おれたちは、この命の部屋を繰り返すだけだ」
彼は、息をつき、足元に浅く張った水面を見つめていた。
「拓真、どうしてここに帰って来たのが、一人なんだ」
彼の周りには、誰もいない。彼は、一人で、命の部屋から帰って来たのか。
「おれは、繰り返すだけだ。そこには、意思がない」
「意思がない。どうして、誰も救えなかったんだ」
「うるさい」
彼は、怒りをあらわにした。
「お前が、命の部屋を繰り返す理由は」
「おれには、目的がある」
「目的」
彼は、目的を持って、ここに来ている。それにも関わらず、命の部屋を繰り返す、意思がないと言っていたのだろうか。
「ああ、目的だ」
「お前の、目的は」
「復讐だ。復讐をするんだ。上手く行かなかった、自分にな」
彼は、無言で走り出した。それが、開戦の合図となった。
「いつも、最後には、お前がいるんだ、広人」
彼は、右手を弧のように描き、振り、攻撃して来る。
「クッ」
両手を十字のようにして、彼の技を受け止める。
「命の部屋とは、一体何なんだ」
おれは、両手で彼をはねのけ、距離を取り、そう聞いた。
「すべてが、始まる場所。そして、終わる場所でもある」
「命の部屋で、何が起きた」
「おれは、命の部屋を繰り返した」
「繰り返した。そんなこと。なぜ、誰も助けずにここまで来た」
「お前は、ここへ帰って来るということを理解していない」
反転攻勢。おれは、攻撃に出た。
「なぜ、誰も助けなかったんだ、誰も」
「おれは、既に命の部屋から出る準備を整えている、外の世界へ」
「外の世界」
「そうだ。外には、世界があるんだ」
「嘘だ。お前は、一体何の目的があって、ここに来たんだ。命の部屋が外の世界で、そこへ行けば、おれたちは、自分の人生を知ることが出来るんだろう」
「自分の人生。そんなもの知って、何になる」
「お前は、この世界を救うために、ここに」
「止めてくれ。そんなわけないだろう」
彼は、言う。
「おれの目的は、一つ。上手く行かなかった自分に復讐をするんだ」
「それだけのことに、お前」
「いいだろう、何も知らないお前に教えてやるよ」
彼は、叫んだ。
「瞬間、突破」
「止めて」
彼女の叫び声で、おれたちは止まった。
「緑」
拓真は、緑を見て、驚いている様子だ。
「命の部屋、私たちは、同じことを繰り返すの」
「なんなんだ、命の部屋って」
「命の部屋。それは、人生を表す部屋なのよ」
「碧」
碧は、命の部屋とは、一体何なのかという、問いに答えた。
「命の部屋に行けば、私達は未来を知れる」
「拓真、お前は、これから起こる未来を知っているのか」
「もちろん、この世界はじきに終わりを告げる。それもおれたちのせいでな」
「私たちのせい。そんなはず」
その事実を否定しようとした緑だったが、碧には思い当たるところがあったのだろう。
「命の部屋計画」
そう言った瞬間、命の木の真下の空間が歪んだ。
「とうとう来たか」
縦に裂けた、黒い空間から、出てきたのは、黒いスーツを着た男性だった。
「彼の名は」
「制作者の、田中凌太だ。小説、命の部屋の制作者だ」
「制作者」
碧は、制作者を見て、言う。
「命の部屋計画は、内部的に完成を迎えた。しかし、この大元のプランは、ある一人の、小説を元に形作られた」
緑は、おれと拓真、碧をみて、最後に、制作者を見た。
「それが」
「命の部屋」
命の部屋。それは、彼が作り出した物語。ただ、物語を作っただけのものが、一体ここへ何をしに来たのだろう。
「この世界は、じきに終わる」
「それは、なぜですか」
「内部的に終わりを迎えるんだ」
「もう、終わりは始まっている。そういうことなのね」
碧は、制作者に問いかけた。
「碧。命の部屋の概念を形成したのは、確かに、君の論文だ。それは、完璧なものだった。しかし、この世界は、命の部屋でも何でもなかったのに、終わりを迎える」
「おれは、新しい命の部屋へ転移する」
「おい、拓真。待て、待ってくれ」
話がおかしい。この世界は、捨てられるべき世界なのだろうか。
「ここから出て、新しい命の部屋へ行くって。一体、何の意味があるんだ」
「おれは、始点に戻される」
「始点」
始点とは、一体何なのだろう。
「始点とは、何なんだ」
「おれと、お前が、出会う瞬間だ、広人」
「あの瞬間が、始点」
「そうだ、あの瞬間からでは、この世界は既に崩壊を迎えている。遅いんだ。あと、二年、いや、三年前に戻らなけらばならない」
拓真は、そう言った。それは、本当のことなのだろうか。
「田中さん」
「凌太で良いよ」
彼は、木の葉から漏れ出す、日の光を見つめていた。
「この命の部屋は、私が消そうと思う」
「ハッ、話が違うじゃねえか」
「この、命の部屋は、もういらないんだ」
「どういうことだ」
拓真は、右手で攻撃した。
「なんだ」
彼は、拓真の裏に回り、右手を封じ込めた。
「命の部屋跳躍。これは、拓真、君がもう少しで使えるようになるだろう」
「クッ」
「ここに私が来たのは、拓真。君に、諦めてもらうためだ」
「諦める、何をだ」
「命の部屋から、出ることをだ」
「何、言ってんだ」
「もう必要ないんだ」
「必要ない」
「ああ」
「命の部屋の技術は、おれたちが作り出したものだ」
「どうやって」
そう言われ、おれたちは答えることができなかった。
「すべての責任は、君にあるんだ」
「待ってください。彼は、ここに帰ってきただけで、何もそこまで」
「拓真、君が戻されるのは、始点だということを知っているだろう」
「ああ。知っている」
「なぜ、始点に戻されるか。それは、それ以上戻ることができないからだ」
「おれは、永遠と、この命の部屋を繰り返し、ハッ」
「ようやく、気付いたか。ここは、緑の命の部屋なんだ」
「私の、命の部屋」
「緑の記憶を元に、概念形成を行った、命の部屋なんだ」
「緑の、命の部屋」
「なぜ、それができたか。気付いているんだろう」
「クッ。緑が、永遠の命を得るからだ」
「永遠の命を得た彼女の命の部屋は、あらゆる輪廻を繰り返し、ここまで来た」
「それで、なぜこの世界がいらないという結論になるんだ」
「私は、この世界を棄却することで、新しい物語を作ろうと思った」
「なるほど、あなたにとっては、この世界を捨てて新しい命の部屋を作り直すことが、物語を書き直すことに値するんですね」
「広人と、話がしたい。少し、二人にしてくれ」
「二人で話ですか。何ですか」
「本当の目的は、拓真を、命の部屋から解放することだ」
「拓真は、命の部屋を繰り返している。そして、外の世界があるとも言っていた」
「私がいる現実の世界と、命の部屋は違う。命の部屋は、一種の構築された環境なんだ」
「そうなんですね」
「この世界は、歪な形で完成されてしまった。既に、今、君がこうして、拓真と行動を共にしようとしていることが、その証拠だ」
「この世界が歪だからって、無くなっていいとは思いませんよ」
「この世界は、私の考えと相性が良かった。私の目標は、この物語を書き続けること。永遠と命の部屋が続けば、永遠に命の部屋を書いていられる。そう思っていた」
「現実は違ったんですね」
「ああ、物語は繰り返し、同じ結末をたどる、ただの同じ物語となってしまった」
「では、この世界に変化があればいいんですね」
「そうだ」
「おれが、拓真を命の部屋から解放します」
「そうか、分かった」
彼は、頷き、言った。
「広人。この世界が、必要だと証明してくれ」
「証明。分かりました」
「おれは、ここで元の世界へ戻るよ。ここでは、情報をやりとりしてるだけだからね」
「分かりました」
おれは、拓真と、緑と、碧の元へ戻った。彼らは、この世界について、まだ話しているようだった。
「一度、命の部屋について話し合いましょう」
おれたちは、研究所へ向かった。
「命の部屋計画は、碧の書いた論文、命の部屋で完成まで至った」
「命の部屋へ行けば、未来を知れるの」
「拓真、お前は、命の部屋から、帰ってきた。未来を知っている。命の部屋、つまり、前の人生で、何があったんだ」
「おれは、すべてを捨てたんだ」
「すべてを捨てた」
「名前さえも」
「おれは、お前を救える。その未来に、おれは」
「いいか。未来を知っても、変えられないことがあるんだ」
「おれは」
「二人とも。お願い、この話はここまでにして」
「緑」
「広人。おれは、お前なんだ」
「今、なんて言った」
拓真は、繰り返して、もう一度、同じ事を言った。
「おれは、命の部屋から帰ってきた、お前なんだ、広人」
「おれなのか、何年後の」
「2年後だ」
しばらくすると、爆音がした。部屋の扉が、壊されたのだ。
「ははは、ここは、まだ、生きている。この世界は、生きている」
「頼次」
男性は、破壊された扉をくぐって来た。拓真だけが、この男性を知っているようだった。
「拓真、命の部屋から帰ってきたのか、一人でか。まあ、いい」
「戦うぞ」
拓真は、頼次を見て構えた。
「命の部屋のデータは、もらって行く」
頼次の、隣りにいた、浅黒い肌をした、スキンヘッドの男性が、前に出て来た。
「豪の型」
彼は、そう叫ぶと、拓真目掛けて、突進をした。
「クハッ」
拓真は、壁まで飛ばされる。
「命の部屋。私達が、目指すのに、相応しい場所だ」
頼次は、命の部屋の論文を持ち去ろうとしている。
「命の部屋の、論文が」
緑は、叫んだ。
「止めろ。かなうはずがない」
「命の部屋の情報を盗まれるべきじゃない。そうだろう」
「広人」
「馬岩。後は、任せたぞ」
「おうよ」
おれは、馬岩と呼ばれた、男性に、連続して、蹴りを出す。
「ウン」
効いてはいるようだが、彼は、おれの足を掴んで、放り投げた。
「ウハッ」
おれは、拓真の壁のそばに、飛ばされる。馬岩の隣に、紫色の髪をした女性が現れた。
「芽衣子」
馬岩が、呼ぶと、女性は、叫んだ。
「ルームフォーライフ」
そう言うと、襲撃してきた3人は消えた。
「拓真、広人」
緑は、おれたちに駆け寄った。
「命の部屋の、論文を盗まれたか」
拓真は、腹を抑えている。
「大丈夫か」
そこに来たのは、勝利と、守、響、愛、朝日だった。
「もう、動き出したのか」
「彼らは、一体誰なの」
「命の部屋へいくことに反対する派閥だ。リーダーは、頼次。あいつは、命の部屋の帰還者だ」
「命の部屋から帰ってきたのは、拓真、お前、一人だろ」
「ああ、頼次、あいつは、おれの前任の帰還者だ。おれが命の部屋から帰るようになる前、一回だけ命の部屋から帰還している」
「頼次に、命の部屋へ帰られたら、問題になる。そうだろう、拓真」
響は、腕を組んで、言った。
「ああ、おれが、次の命の部屋に行けなくなる」
「おれたちは、この世界で何が起きるか、知る必要がある」
おれは、そう言った。
「ああ、教えるさ」
拓真は、椅子に腰掛け、話し始めた。
「命の日に、この世界は滅びるはずだった」
「なのに、滅びていないのには、理由があるのか」
「そうだ。この世界は、制作者、本人によって、棄却される」
「棄却、彼が命の部屋を書き直すために、この世界は棄却されるのか」
「この世界には、外の世界があんだ」
拓真は、空を見て、言った。
「命の部屋は、実験なんだ。おれたちは、目覚めるかどうか、試されている」
「外の世界」
おれは、よく考えた。この世界は、外の世界があるなら、一体なんなのだろう。
「未来を知ることが出来る、いや、未来を確定できるような世界で、人はどう生きるか。その、社会的な疑問の解決を目指した計画が組まれた」
「それが、命の部屋計画なのか」
「いや、当の本人は、命の部屋が実験に用いられることを拒否して生きた。凌太は、ただ、命の部屋を死ぬまで書き続けたいと望んでいただけだからな」
「じゃあ、命の部屋の計画者は」
「外の世界の何者かだ」
「おれたちは、これから、どうするべきなんだ」
「ここは、外の世界から、ニューホームと呼ばれる。そして、外の世界はホームと呼ばれる」
「これから、おれたちは、ホームで、彼と戦うことになる」
「この世界が、彼に消されるからか」
「違う。この世界の意味を、証明するためにだ。言っただろう、この世界は、内部的に崩壊を迎える」
「どういうことだ」
「いいんだ。今は、わからなくても」
「では、なぜ、制作者さんは、こんな所に来たのか」
響は、そう、言った。
「命の日で田中凌太が見た未来は、こうだ。彼は、命の部屋へ入り込み、小説を書き続けた。そして、命の部屋の中で、彼は寿命が尽きようとしていた」
「彼は、命の部屋で年を取っていったのか」
「そうだ。彼の命が命の部屋で終わることを知った彼自身は、物語を書き換えた」
「永遠に時が経たない空間で」
「それが、命の部屋」
碧は、続きを話した。
「この世界の基本的ルールを彼は歪めてしまった。この時が経たない仕組みというのは、彼が生み出したものではない」
「命の部屋の帰還者が、始点に戻される。それで、十分だったんだ」
「そして、その構造を可能にするため、多くの嘘がこの世界を覆っている」
「碧」
「ええ」
響の呼びかけに応じて、碧は、懐から、箱を取り出した。
「これが、霊薬よ」
「霊薬」
「この白い霊薬を未来で飲むことで、緑は、永遠の命を得る」
「緑が、自分でそんなものを」
「ありえない。私が、永遠の命を得るなんて、そんなこと」
「ええ、どうしようもないわね。この理由は分からないけど、未来はそうなる。それが拓真の言う所なの」
「そうなのか」
勝利は、問い詰めるように、拓真に聞いた。
「命の部屋計画に参加した、おれたちには、役割が与えられた」
「役割」
「ああ、それは、感情だ」
「感情。おれたちには、感情が割り振られているのか」
勝利は、拓真に聞いた。
「ああ、お前には、情熱だ。それが、割り振られている」
「情熱」
「誰かが、苦しんでいるとき、お前の情熱が、あれば、そのものは昔を思い出し、再起するだろう」
「おれに、そんな力が」
「拓真、お前には何が与えられているんだ」
「おれには」
拓真は、少し考え、言った。
「まだ、言えないところだな」
拓真は、息をし、背中を向けて、論文の内容が映されたスクリーンを見ていた。
「今日は、命の部屋否定派と戦っていくためのグループ、セーンが組閣される日だ。行こう」
おれたちは、研究所の中の別の大きな部屋へ移動した。そこには、大義総統がいた。
「大義総統」
「今回は、こちらの招集に応じてくれたこと、感謝する」
おれたちは、並び、式の開始を待った。式自体は、すぐに始まり、人数は60人を超えていた。
「今回、集まってもらったのは他でもない。つい先刻、この研究所は、命の部屋否定派インセーンの襲撃を受けた。その襲撃は、拓真の見てきた、命の部屋の中でも、不確定な事象が起きやすい命の部屋だという。その事実を持って、未来を確定させるために、ここで、新たに、命の部屋の未来を見る実験、グレートプランを行いたいと思う」
「グレートプラン。何をするんだ」
おれは、緑に聞こうとしたが、緑は、隊列から抜けていた。
「命の部屋へ行く」
あたりは、騒然となった。
「事前に受けてもらった、試験の結果、選ばれたのは、彼女だ」
「私は、緑です。これから、命の部屋へ行きます」
「そうだ、緑が、この世界を変える。今からだ」
多くの人から、おおっという声が、漏れ出ていた。
「私のこの、緑色の硬貨を使って、命の部屋へ行きます」
「この命の部屋へ行くのに、我々は膨大な電力を消費する。何か、手がかりを掴んできてくれ」
「分かりました」
彼女は、円形の土台に寝ると、光が緑の硬貨に照射され、硬貨は溶け出した。
「熱で溶けている訳では無い。安心してくれ」
緑は、徐々に眠りについていった。
「セーンのリーダーは、拓真、君だ。言いたいことがあれば、言ってくれ」
「この命の部屋は、おれが必ず、次の命の部屋へ戻って、状況を好転させる。だから、待っててくれ。そして、おれが次の命の部屋へ行けるよう、サポート頼む。この命の部屋から帰還者を増やせるよう尽力する。だから、力を借りる」
「拓真、おれたちなら行ける。命の部屋へ」
「勝利」
おれたちは、意識だけ命の部屋へ行った、緑を見守ることにした。拓真は、ガラスに手をつき、言った。
「この世界は、緑の命の部屋なんだ」
彼は、その言葉に期待を込めているようでいて、それが問題で自分が苦しんでいる、そんな表情をしていた。
「緑は、永遠の命を得るんだ」
2.命の庭
私は、そこが命の部屋だと、一瞬で分かった。
「白い、庭」
そこには、女性がいた。彼女の周りには、白い花が植わっている。
「もう、来たのね」
彼女は、私を待っていた。
「あなたは」
「私は、リタリア。リタって呼んで」
彼女は、地面に足を曲げて、腰掛けている。
「同じことを繰り返すのが、人生なの」
彼女は、言った。
「同じことも繰り返せば、また違って見える」
「いいえ。それは、拓真に聞くべきね」
私は、拓真のことを思うと、同じことを繰り返すのが人生だとは、受け入れがたかった。
「拓真を知ってるの」
リタは、驚くように聞いた。
「彼は、ここを出て、新たな命の部屋へ行ったのよ」
「それが、あなた達の世界」
「ええ。こことは、違う世界」
彼女は、あたりを見回した。それが、久しぶりのことなのだろうと、何となく想像がついた。
「ここは、命の庭」
「あなたは、何年ここにいるんですか」
「もう忘れたわ」
彼女は、ここに来て、長いのだろう。しかし、年齢は、ある一定の時点で止まっているようにも思えた。
「あなたは、1日に1輪、その花を植えているんですね」
「ここの花は枯れ、また咲く。それを繰り返しているだけよ」
「それを、季節って呼ぶんでしょ」
彼女は、笑った。何か、おかしいことを言っただろうか。
「季節。そんなものもあったわね」
彼女は、季節を忘れるくらい、ここにいたのだろう。
「命の庭では、何があったんですか」
私は、聞いた。
「 私は、ここで白の霊薬を飲んだ。その効果は」
彼女は、咳き込み始めた。
「どうやら、時間ね」
命の庭は、紙が燃えるように、部屋の端から、燃え盛っていく。
「同じことを繰り返す、それが人生」
「それを、良いと思えるように、生きてみせる。だから」
私は叫ぶ。
「生きることを、諦めないで」
「あなたは、ここで、永遠の命を得るの」
私が、永遠のいのちを得る、それは、否定しようのない事実なのだろうか。彼女の言ったことを信じても、状況は好転しない。
「リタ」
そう考えてるうちに、命の庭は、赤黒い炎に包まれ、私の意識は消えた。
目が覚めると、広人の腕の中にいた。
「緑、どうだった」
私は、起き上がると、答えた。
「私は、命の庭に飛ばされた」
「誰かいたのか」
「リタリアっていう女性が」
「リタリア。太陽の女神のことか」
「私が永遠の命を得るって」
「どこかで、白の霊薬を飲んでしまうのか、それさえ防げれば」
拓真は、腕を組み、人差し指で、腕を叩きながら言った。
「広人、命の木まで行くぞ。一緒にな」
おれは、拓真に言われ、命の木まで、付いていった。
4.墓
命の木へ来た。
「墓だ」
拓真は、言った。
「墓。命の木だろう」
木の周りには、黄色い花が咲いていた。
「誰の墓なんだ」
おれは、聞いた。
「おれの墓でもあり、お前の墓でもある」
「どういうことだ」
「おれは、ここで死ぬんだ。だが」
拓真は、息を急いで吸った。
「だが、実際にここで、息を引き取っていたのは、一人の老人だった」
「その人は」
「田中凌太」
「どういうことだ」
「いいか、人は死ぬ。それは、自分だって、例外じゃないんだ」
「ここで、老人が息を引き取っていたのは」
「彼は、老いていた。この命の部屋で、時間を過ごしすぎたからだ」
「最初に、拓真が会ったとき、彼は何才だったんだ」
「22だ。彼は、命の部屋で、時を過ごし、天命を全うした」
「そうか」
「理解できない。そうさ、ここは命の部屋」
そこにいたのは、頼次だった。拓真は、小刀を構えた。
「目的は、同じなんだ。そう構えるな、拓真」
拓真は、小刀をしまった。
「今日は、墓参りに来たんだ。田中凌太のな」
「彼の友人なんですか」
「敬語はやめてくれ」
「それじゃあ、彼の友人なんですか」
「なんだ、それは。まあ、いい。私達は、彼に消される運命にある」
「運命」
「ああ、そうだ」
「彼は、命の部屋という本を書いただけ。そうでしょう」
「そうだな、彼の人生を語れば、納得してもらえるのか、どうか。いや、まずしたいことがある」
彼は、命の木の下に、青い花を植えた。
「これは、墓などではない」
「何」
「墓というよりは、人は、いつ死ぬかわからない。明日死ぬのは、自分かもしれない。そういうことを表現しているのが、この命の木なのだよ」
「どういうことですか」
「私達の人生は、単なる情報なのだよ。情報は、整理できる。私達は、命の部屋に帰らなければならないという制約のもと、彼と戦わなければならない」
「彼と、戦う。命の部屋の作者とですか」
「ニューホームの話は聞いただろう」
「そこで、私達は、彼と戦う」
「理由は、彼が、この世界を必要としなくなったからですか」
「過ちだと認めたからだ」
「過ち」
「そう。この世界、命の部屋が、必要なものでなくなった、それで、私達は消された」
「これは、本当のことだ」
拓真は、苦い顔をしていた。
「命の部屋から、黒点が生まれる。それは、時空の歪みのようなもので、黒い執念と言ったようなものか」
頼次は、紙にペンを滑らせると、こう言った。
「復讐。それは、そう表現されても、良いだろう」
おれは、黙って、拓真を見つめた。彼の目的は、上手くいかなかった自分、つまり、おれへの復讐を目的に帰って来たからだ。
「黒点の発生は、拓真、お前からだ」
「知っていたのか」
「だが、現時点、私達には、生きる目的がない」
「論文だけでは、命の部屋に行けないことに気がついたのか」
「それは、そうだろう。そんな容易に命の部屋へ帰れるはずがない」
「拓真。命の部屋から帰れるのは、一人なんだろう。だからって、頼次と争ったって仕方ないんじゃないか」
拓真は、キリキリと歯を食いしばっている。
「そう、どの道、私達は、私達を規定してくれた、創造主によって、消される」
「止めろ、頼次。おれが、この世界から出て、ホームで、あいつをぶっ潰す。それでいいだろう」
「 お前は、彼には勝てない。まず、どのような能力を、私達が、私達がだ、持っているかもしらん、お前には、到底勝てない」
「おれたちにも、与えられた能力があるのか」
「そうか、広人。お前は、命の部屋の帰還者ではないからな。世界は、まだ始まったばっかだ」
おれは、頷いた。
「ならば、教えてやろう」
頼次は、拳を構えたが、すぐに、首を振って、拳をおろした。
「私達には、戦闘よりも大事なことがある。話を理解することだ。そして、楽しむことだ」
頼次は、拓真を見た。
「行くぞ、広人」
拓真は、どこかへ歩き出した。
「行こう、広人」
おれは、命の部屋の帰還者達と、行動を共にすることになった。
5.戦闘訓練
「まず、お前は、すべての技を覚える必要がない」
おれは、そう言われた。
「頼次さん。一体、何を覚えれば良いんですか」
「相手が、してくることを理解すれば、その技に勝てる。拓真、戦ってやってくれ」
「仕方ねえな。行くぞ、広人」
そう言うと、彼は消えた。
「一本」
彼は、手刀で、おれの首元に手を添えていた。少し微笑むと、後ろにステップバックした。
「今のは、命の部屋跳躍。ここが、命の部屋だから出来ることだ」
「仕組みを教えてくれ」
「仕組み。めんどくせえな。まあ、いいか。命の部屋跳躍は、自分が進む空間を圧縮するイメージで、前に進むんだ」
「どうやって」
「イメージだ」
「イメージで、戦うのか」
「実際に、普通の世界だってそうだろう。こういう技が来るから、こういう技ができそうだって、イメージして、戦うだろ。それと、同じだ」
「他には」
「他はない、あとは、この右腕で、ぶん殴ることかな」
彼の右手は、義手でできている。その理由を、聞いたことはない。
「ああ、これか。これは、命の部屋から、帰って来るときに、失ってな。愛のものなんだ」
「イメージって言っても、意外と現実味があることしかできないんだな」
「まあ、そうだ。ここでの、戦闘は、情報戦になる。イメージを用いた」
「 じゃあ、やってみる」
「いいや、お前には、できない」
「なぜ」
「命の部屋から、帰って来てないから。お前にとっては、ここは、普通の世界なんだ。この世界は、認知でできている」
「おれは、強い認知で、この世界が、命の部屋だと思っている。だから、ここでは、多少の無理も効く。だが、広人、お前にとっては、ここは、命の部屋じゃない。ただ、生きている。ここで、生きているんだ」
「なるほど、そうなのか」
「そろそろか」
「何の時間です」
「この世界が、暗闇に覆われる」
「カスケードシステムだ」
「また、会ったときは、頼むよ。広人」
頼次は、右手を振りながら、去っていた。
「カスケードシステムって」
「この世界は、情報で出来ているって言っただろう」
拓真は、命の木を見上げると、あたりは、情報の海に飲み込まれ始めた。
「命の木のエネルギーが足りないんだ」
「原因は」
「マトニアだ」
「マトニアが、命の木のエネルギーを供給できなくなったからなのか」
「そうだ」
「マトニアが、何か、今は知る必要がない」
「そうか」
「この情報の海で、おれたちは構成されている」
「拓真、本当は、どう思ってるんだ」
「何がだ」
「おれたちは、命の部屋へ行くべきなのか」
「おれは、命の部屋へ行くべきだと思ってる。ただ、事はそう簡単じゃない」
「おれたちが、戦う理由は」
「おれたちが、戦う理由は、命の部屋へ行くやつが出てくるからだ。おれは、すべてを託された。だから、命の部屋へ帰る。だが、逆におれ以外のやつは、命の部屋へ行くべきじゃない。理由は、帰ってこれないからだ」
拓真は、そう言い切った。命の部屋へ帰るのは、自分しかいない。そう、考えているようだ。
「明るくなったか」
気付けば、空の黒は、晴れ、いつもと変わらない景色へと戻っていた。
「拓真」
そこにいたのは、愛だった。
「そうか、愛。ここに来たのか」
「私は、マトニアなの。人工生命体。マトニア」
「愛が、マトニア」
「そう。私は、人とは違って、機械なの」
「そんなことは」
無いはずだ。そういうつもりだったが、言葉が出ずにいた。
「広人、お前は知らなきゃいけない。この命の部屋の惨状を。そして、マトニアの今を」
7.溶鉱炉
「私は、マトニアなの」
「そんな、はず」
「愛、思い出さなくて良いことよ」
「朝日。そんな事言われても、未来は変わらない」
溶鉱炉には、勝利と、愛、朝日がいた。
「愛」
「勝也さん」
「待ってくれ、兄貴、ここでは、何体のマトニアが犠牲になってるんだ」
「役目を終えたからだ」
扉から、ゆっくりと、確かな歩調で歩いてきたのは、馬岩さんだった。
「嘘をついてたのか、勝也」
「馬岩」
「命の日に、大量のマトニアが故障した。その原因は」
「命の木で、足りなくなった膨大な量の電力を賄うためだ」
「隠してたのか」
「都市化は進み、既に電力源は、命の木の太陽光によるエネルギーのみ。木に埋め込まれた電力生成装置から、電気を生み出している」
「それが、足りなくなったからって、マトニアを見殺しにしていい、道理にはならないだろ」
「この決断を下したのは、おれだ」
「勝也」
馬岩さんは、腰を落とし、構えた。
「嬢ちゃん、すまないな」
馬岩さんは、愛に謝ると、叫んだ。
「豪の型」
それに呼応するように、勝也さんも叫ぶ。
「豪の型」
互いに、全力の突進で、衝突する。
「嬢ちゃんに、嘘ついてたってことか」
「知ったからって、すべてが変わるわけじゃない」
距離を取って、二人は、構える。
「マトニア、タイプ、アン」
「タイプ、アン」
「クッ」
愛は、頭を抱え始めた。
「愛」
朝日は、叫んで、肩を持つ。
「情報の、海が」
「それが、愛の型の名前だ。電力供給は、一番多い。そして、この命の部屋の」
「それ以上、喋るな」
馬岩さんは、勝也さんの首を掴み、宙に浮かせる。
「クハッ」
勝也さんは、右手に炎をまとい、手は払うことで、距離を取った。
「業炎」
「破山」
二人の技が、衝突する瞬間、二人の間に、雷撃が落ちた。
「そこまでです」
「響」
二人を止めたのは、響だった。
「セーンとインセーンで衝突。それも、本気でぶつかりあったら、それが、黒点の発生条件にもなるんです。止めてくださいよ」
黒点、それは、拓真を原点に現れる、物質を消す空間のこと。
「待ってくれ。響。ここでは、何体もの、マトニアが死んでるんだ」
「でも、もし、その日、電力供給が途絶えていたら」
おれの問いに、答えたのは、勝也さんだった。
「守が、苦しむのか」
誰よりも早く、気づいたのは、勝利だった。
「守が」
その時、命の鐘の音が鳴った。
その音は、別の場所にいる自分を、命の鐘へと向かわせていた。
8.命の鐘
命の鐘へ着いた。鐘の下に、地下へ通じる道がある。
そこを走りぬけ、木製の扉を開けると、そこには守がいた。
「守、どうしたんだ」
「僕は、この、命の鐘を鳴らす使命があるんだ」
「使命」
「僕の、命の部屋、それは、使命の部屋」
「使命の部屋」
「そして、僕は失って来たんだ。自分の記憶を」
「自分の記憶を失う」
「この鐘は、外の世界と時間の意味で、同期を取っているんだ。この鐘が鳴らなくなれば、命の部屋と外の世界の同期は、失われ、情報が損失する」
「だから、守、お前は、この鐘を鳴らしていたのか」
「僕は、この鐘を今から壊す」
「止めろ、守」
「この命の鐘を壊せば、命の部屋は、その輪廻から分離され、個別の世界となる。僕達は、そこで暮らせば良い」
「おれたちが、命の部屋へ行く方法がなくなる」
「この世界を、僕は、守りたいんだ」
「止めろ、守」
守は、命の鐘を支える軸を切りつけた。支柱は、折れ、次第に屈曲していく。
「もう、戻れないのか」
支柱は、崩れ、地上で、大きな音がすると、守の背後の大きな穴から、命の鐘は、落ちてきた。
「守、これで、私達が、命の部屋から、外の世界へ戻る方法が失われた」
「大義総統」
扉の方から声がしたので、見ると、それは、総統だった。
「潰さねばならん」
総統は、走り出し、守を壁まで飛ばす。
「クハッ」
総統は、とどめを刺しに、壁まで走る。その時、碧が、崩れた地面を降りて来た。
「逃がしはせん」
碧は、叫んだ。
「命の部屋、展開跳躍」
そう叫ぶと、守を抱えた、碧は、消えた。
「クッ。命の鐘を失ったか」
総統は、下を向いて、しばし考え込んでいた。
「守は、記憶を失いながら、命の鐘を鳴らしていたんです」
「記憶を、失う」
「そうです」
「しかし、この命の鐘の同期がなければ、外の世界へ戻る方法は、無くなった。命の部屋への、外からの電力供給もなくなるだろう」
「この世界は、もう」
「一つだけ、方法がある。それは、避けたかった」
「その方法って」
「マトニア、タイプ、アン。愛を動かしている電力で、命の部屋の電力を賄うことだよ」
この世界は、次第に終りを迎えている。その事実を受け入れ、自分は気付いた。
「大義総統。命の部屋へ行けば、これが起きる前まで、戻れます」
「それは、最終手段だ。電力が、足りなくなったのは、命の日からだ。この命の部屋の管轄者が、外の世界から、メインの電力供給を断ったからだ。今は、予備電力で、この命の部屋は動いているのだろう」
「愛は、寿命を削って、この世界を支える。そんなの、おかしいですよ」
「 私も、そう思う。一旦、この話を、君の口から、愛に伝えてくれないか」
「分かりました」
おれは、地面に転がる、命の鐘を見て、思った。もう、命の部屋へ誰かが行くことも、視野に入れるべきだと。
「命の部屋に行けば、未来が見える」
おれは、命の鐘を後にし、愛と話に行った。
「私が、命の部屋の電力供給を賄う」
愛は、言葉を失っていた。彼女が、考え終わるまで、おれは待った。そして、彼女の出した答えは、こうだった。
「私の寿命は、三ヶ月になる。三ヶ月の間に、あなたが、命の部屋へ行くか、結論を出して」
「命の部屋は、おれが行く。そして、ここに戻ってくる」
「この創造主に会いに行くしかない」
そう言ったのは、拓真だった。
「この命の部屋の、作者に会いに行くのか。でも、どうやって」
「簡単だ。戦って、大きな衝突を起こすんだ」
「戦う理由なんてない」
「理由。そんなものいるのか。この世界を変えるのが、理由になるだろう」
「命の木へ行くぞ」
命の木へ行き、おれたちは、大きな空間の歪みを起こそうとした。
「行くぞ、広人」
「拓真、始めるのか」
おれたちは、戦闘を始めた。
「命の部屋、展開跳躍」
勢いをつけた、彼の攻撃を受け止める。
「 もう、少しだ」
命の部屋自体が、負荷に耐えられなくなったのだろう。カスケードシステムが、あらわになった。
「来たか」
そこには、命の部屋の作者、田中凌太がいた。
9.創造者
「広人、拓真」
黒いスーツを着た男性は、おれたちを知っているようだった。
「拓真、命の部屋へ行くのは、もう止めるんだ」
「始点から、戻れない。その理由を知ってるのは、制作者のあんただけだ」
「命の部屋は、内部的に崩壊する」
「確かに、内部的に崩壊し始めました」
「 そこに、私は関与していない」
彼は、命の木を見上げた。
「私は、20からこの物語、命の部屋を書き始め、22才で完成させた」
田中凌太は、言った。
「 私は、命の部屋を築いた。私は、自分の作り出した世界に、潜り、命の部屋を更新し続けた。私は、命の部屋に費やす時間が長くなればなるほど、人生が豊かになると勘違いしたのだ。しかし、時は過ぎていた」
彼は、下を向くと、しばし、間を取って、続けた。
「おれにも、寿命がある。そのことを、思い知った。 誰にでも、優しく有りたい。ただ、それだけなんだ」
「外の世界には、どうやって出れば良いんですか」
「外の世界には、出さない」
「なぜです」
「お前たちを、守りたいんだ」
「内部的に崩壊するのに、それでもですか」
「それでもだ」
作者は、拓真を見ていった。
「拓真。緑を永遠の命から、解放できるとしたら」
「何て、言った」
「緑を永遠の命から解放できる。そう言ったんだ」
拓真は、苦い顔をして言う。
「どうやって」
「この命の部屋が、円形の循環から抜け出せなくなったのは、みんなが知る通りだ。本来、時間は過去から未来へと線として伸びていく。それが、円形の循環となってしまった」
「 そういうことか」
拓真は、納得したようだ。
「円形の循環と、本来の線の共有点が、拓真が経験した始点だ」
「始点から出るには」
おれは、聞いた。
「この命の部屋の循環を終わらす。この命の部屋の始まりは、緑。終わりは、碧で形成されている」
「始まりは、緑。終わりは、碧という役割を与えたのか。そして、それは、彼女たちの命の部屋として表される」
「しかし、緑は、白の霊薬を飲み、永遠の命を得てしまった。そうして、命の部屋の始まりは終りを迎えることなく、続く」
「君は、緑を殺すことはできない」
「舐めたこと言ってんじゃねえ。緑を殺して何になる」
拓真は、彼の胸元を掴んだ。
「君も経験しただろう」
「命の庭で、碧が命を落とす」
「碧が、命を落とす」
どういうことだ。
「緑は、碧と、ある約束をした。それは」
彼は、拓真を見据えて言った。
「君を命の部屋から逃がすことだよ、拓真」
「逃がす」
「そして、行き場を失った君は、命の部屋を繰り返す」
「力ずくでも、命の部屋から出て、おれは」
拓真は、叫んでいた。
「拓真、お前は一つ誤解をしている。お前は、未来の広人ではない」
「どういうことだ、おれは」
彼は、困惑していた。
「お前の母親は、碧。そして、お前を育てたのは、愛だ」
「母親」
「父親は」
「いないと思ってくれ」
「これから、起きることはこうだ。これは、規定したことではない」
「これから、何が起きるんですか」
「命の部屋を賭けて、お前たちは争うことになる、そして、私と話し合うことになる。命の部屋が必要かどうか」
「そういうことか」
拓真は、気付き、膝に手を付けた。
「そうだ」
「命の部屋から出て、おれたちは、元の身体があるが、拓真にはない」
「おれは、一体何者なんだ」
「拓真」
おれは、拓真を励まそうとした。
「止めろ」
「ちょっと、何言ってるんですか。拓真は」
おれは、作者に訴えた。
「そういう話に、なってしまったんだ」
「おれを、独りにしろ」
拓真は、命の木から去ろうとしている。浅く張った水たまりの上を歩く音だけが、響く。
「 広人。お前が、命の部屋へ行け」
「あんなこと言って、命の部屋へ行けだなんて、何言ってるんですか」
「私は、自分の寿命が分からないんだ」
「誰だって、そうだ。おれだって、いつ死ぬか分からない」
「そうか」
彼は、それだけ言うと、そこを去ろうとした。
「待ってください」
おれは、彼を引き止めた。
「命の日は、私の命日のことなんだ」
「命の日は、命の部屋がなくなる日でもあった。そういうことですか」
「だから、私は生きている限り、この命の部屋を更新していかねばならない。書き続けなければならない」
「広人。言っておく。命の部屋から帰った時、お前は、私と対峙することになる」
「それは、命の部屋の終わり、つまり、おれたちが外の世界に戻ることが、あなたの命の終わりを表すからですか」
「死ぬまで、書き続ける。それが、私の誓いだったんだ」
「命の部屋から出れば、あなたと戦わなければならない」
「私にとっては、この命の部屋を棄却し、更新していくことが、人生だからだ」
そういうと、彼は、カスケードシステムを通り、外の世界へと帰っていった。
「緑が、永遠の命を得る前に、帰れるのは拓真だけだ。もう、彼は、命の部屋へ帰ろうとしてもおかしくない 。彼が、おれの子どもだとは到底考えられない」
まずは、その事実関係を調べたいが、それを調べる方法がない。今、優先するべきことは。
「命の部屋を出ていこうとする、拓真を止めなくちゃ」
行き場を失った拓真を救えるのは、自分だけだろう。
「拓真」
おれは、緑について、気づいたことがあった。
「命の部屋を終わらせるには、まず、狙われるのは、緑だ」
インセーンは、拓真が、命の部屋に帰ることを手助けするだろう。
「拓真を追おう」
11.裁定者
「急いで、どこ行くんだ」
「響」
響は、こちらを待っていたようだった。
「響、拓真は命の部屋から帰ろうとする。もう」
「おれは、裁定者だ」
「裁定者」
「誰が、命の部屋へ帰るか、見届ける」
「命の部屋へは、おれが行く」
「その方法は」
確かに、命の部屋へ行く方法を考えるべきだ。そうだ。
「ステガノリープ」
「そうだ、カメラを持っているのは、誰だ」
「緑だ」
「ステガノカメラで取った写真をカスケードシステムの最奥、命の庭まで持っていく。それが、今のオレから言えることだ」
「緑は、命の木で待ってる」
「分かった」
命の木へつくと、そこには、緑が拓真と口論していた。
「緑、おれを新しい命の部屋へ送れ」
「拓真、この世界はどうなるの」
「おれが、未来へ行って、これが起きる前に戻る」
「今を見て、拓真」
おれは、二人のそばまで走り寄った。
「拓真」
おれは、拓真に問いかける。
「命の部屋へ行ったのは、おれだけだ」
「待って、それって本当に合ってるの」
「第1回、帰還者の、私から話そう」
「頼次」
「命の部屋に行ったのは、広人、緑、勝利、碧、愛、守、朝日だ。そして、碧と広人の子どもとして、拓真、お前が生まれたんだ」
「そして、お前らには、外の世界に身体がある」
「私には、ない」
頼次さんは、言った。
「これからの未来の話、いや過去の話とでも言うべきか。広人、君は、命の部屋へ行った。そして、拓真を子どもとして、碧との間に産んだ。その時には、緑は、永遠の命を得ていた」
「私は、霊薬を飲んでしまったのね」
「命の部屋から帰れなくなったって一体どういうことなの」
その、本質的な問いは、今、命の木へと来た、碧によるものだった。
「情報量のオーバーだ」
「情報量のオーバー」
おれは、聞き返した。
「未来というのは、不確定性に満ちている。それは、一般的には、可能性と表現されるが、この世界では、情報量の多さとして表現される。未来は、どれを選ぶかの情報量で表されるんだ」
「だから、拓真だけが命の部屋から帰って来れたんですね」
「私は、未来を命の部屋で過ごした、広人。お前の姿だ」
「おれたちが、抱える問題は、この命の部屋の電力の供給不足。そうですね」
「そして、愛が、マトニアとして、命の部屋の電力供給を始めることから、未来は変わる」
「変わる」
「私の未来では、そうはならなかったからだ」
「どうしてですか」
「愛は、元の世界では、マトニアではなかったからだ」
「愛は、命の部屋へ行き、帰ってくることができなかった。そうですね」
「そして、愛の情報は、この世界から欠落し、愛はマトニアとなった。命の部屋にとって、愛は、論理的不具合とみなされ、生身の愛は消された」
「論理的不具合、それは、拓真、お前が命の部屋を繰り返すから、起きているんじゃないのか」
「あ、何だ。命の部屋から帰ってきて、希望を繋いでる、おれが、間違えているっていうのか」
「そうじゃない。ただ、命の部屋へ行くことを繰り返して、お前は苦しくないのか」
「そんなもの、とうに忘れた」
「拓真、帰るぞ」
そこには、馬岩さんがいた。
「ああ。おれたちは、必ず命の部屋へ帰る。そして、この世界を変える。いいか、広人。その、生半可な気持ちで、命の部屋へ行くのが、自分だとか、言ってみろ。その時は、容赦しねえ」
拓真は、そう言うと、その場を後にした。
「結局、何も事が起きない。そういう状況を、私達は望んでしまっているのだよ」
「頼次さん、おれは、命の部屋へ、拓真が行くべきではないと思う」
「それは、なぜだ」
「拓真は、元々、この世界には、いなかった。そういうことでしょう」
「なるほど。私は、もう命の部屋へ行くのは、よしたほうが良いと思っていたところだ。君の考えに、賛同するよ」
「世界が、こうも普通に回っていると、忘れそうになりますが、おれたちには寿命がある。だから、命の部屋を繰り返すなんて間違えている」
「君は、拓真を止めるだけの生きる理由が、あるのかね」
「生きる理由」
おれには、この時点に至っても、生きる理由がなかった。毎日を、同じ景色と思い、繰り返す。ただ、それだけだった。
「拓真は、恐らく碧のもとへ、行ったのだろう。追いかけてやってくれ」
「分かりました」
おれは、拓真を探した。
12.母親
「私が、命の部屋へ行くことができれば」
碧は、そう言った。
「拓真に、未来を教えてもらうべきね」
そう答えたのは、緑だった。
「なあ、碧。おれは、お前の子どもだって、本当か」
「未来は知らない。ただ、私が、知っているのは。私達には、命の部屋での役割が与えられていて、私には、命の部屋の終わりとして、命の庭が与えられている」
「私が、リタリアと会ったのは、命の庭。あそこは、私の命の部屋じゃないの」
「私は、この世界の終わりを知っている」
「あなた、未来を知っているの」
「クッ」
「碧、大丈夫」
彼女は、頭を抑え始めた。
「記憶が、消えていく」
「守と、同じ症状か」
「守は」
「今は寝てる。命の鐘を壊してから、あいつは、長い眠りについている」
「命の部屋での、役割が無くなったからね」
「碧、あなた、どこまで知ってるの」
「良い、ついてきて」
連れられたのは、研究室の一室だった。
「 これが、カスケードシステムを操作できる部屋よ」
「 そんなものが開発されていたのか」
「この機会の名前は、シンシア統合システム。シンシアと呼ばれているわ」
「シンシア」
「カスケードシステムを操作できるということは、この命の部屋を操作できるということか」
「限定的だけどね」
碧は、ペンを落とした。彼女の、左側に転がる。彼女は、不自然に、左に一歩ずれ、ペンを拾い上げようとしたが、緑が先に拾った。
「ありがとう」
まるで、右目の視界に入れるようにして、拾い上げようとしてたように感じた。
「もう、命の部屋に関して、考えても、何も進展はないわね」
「実際に、広人。あなたが、命の部屋に行くしか、愛を助ける方法はない」
「このままでは、愛の、この命の部屋での寿命は尽き、カスケードシステムの電力供給はなくなる」
「広人。ついてきてくれ」
扉をくぐり、声を掛けてくれたのは、頼次さんだった。
「命の部屋について、すべて話しておこうと思う」
おれは、彼に連れられ、命の木を目指した。
13.命の部屋で起きた問題
「私達は、大きな問題を抱えた」
頼次さんは、話し始めた。
「それは、自分がいる世界を、まがい物だと思うようになったことだ」
「おれたちは、外の世界へ行って、制作者を説得する他無いと思います」
「彼に、請うのか。この命の部屋を捨てないでくれと」
「そもそも、この命の部屋は、どう思いついたんですか」
「外の世界には、未来を確定できる社会を作り出す方法が、既に確立していたのだよ。それで作られたのが、命の部屋だ」
「なぜ、おれたちは、命の部屋へ行けば、未来を知ることが出来るんです」
「それは、人生を命の部屋というブロックで保管しているからだ」
「カスケードシステムが、そのコードなんですよね」
「私達は、カスケードシステムを破壊するしか、外の世界へ出る方法は、現実的にない」
「カスケードシステムを破壊すれば、おれ達は目覚めることができる」
「カスケードシステムを破壊するだけでは、駄目だ。命の部屋の情報は、終点として、命の庭が玄関となっている。すべての情報は、命の庭を通して、送られるのだ」
「命の庭で何が起きるか、知っているのは。拓真と、頼次さんだけ。何が起きるんですか」
「命の部屋は、終わる」
「それは、外の世界に出れるからですか」
「違う、命の部屋の崩壊に取り残されたのだよ」
「それは」
「そう、命の鐘での時間の同期が失われ、外の世界からの電源供給が無くなったから」
「ほとんど、今の状況ですね」
「知るのは、拓真、いや、作者のみかもしれん」
「おれ、会いに行きます」
「作者にか」
「きっと、彼は、この世界が消えるか、どうか、確認に来るはずです」
「そうか」
頼次さんは、辺りを見回し、言った。
「方法は、ある」
「じゃあ、連れて行ってください」
「それはできない」
「じゃあ」
「待て、簡単な話だ。始点に戻れば良い」
「始点」
それは、命の日のことだろう。
「あの日、彼は、この世界が終わるか、確認しに来た」
「じゃあ、命の部屋に行って、始点に戻れば」
「彼に会える」
「でも、拓真は、きっと、命の部屋へ帰ろうとします」
「彼の目的は、命の部屋へ行き、始点へ行くことだ」
「じゃあ、同じ目的のはず」
「いいや、彼は、作者に会い。話す予定だった」
「予定だった」
「ああ、彼は、既に死んでいたのだよ」
「だから、命の木のことを、墓と言っていたのですね」
「彼は、命の部屋を拓真より先に繰り返し、それを続けることで、天命を全うした」
「彼は、人生をかけて、命の部屋を書いたのに、なぜそれを消そうとしたのですか」
「その理由は」
頼次さんは、命の木の影に現れる、黒点を見た。黒点は広がり、人がひとり通れる空間から、彼は現れた。
「私が、話します。よろしくお願いします」
作者は、来た。
14.田中凌太
「私は、命の部屋を書き、実際に、命の部屋の中で、自分が動けるようにしました」
「あなたが」
「私が、命の部屋を書いたとき、途中から、既に物語の中には、自分がいました」
「その理由は」
「生きた証として、何かを伝えたかったからです」
黒いスーツの彼は、どこかこの世界に馴染んでいた。
「命の部屋は、私が消します」
「なぜ」
「命の部屋の影響が、外の世界に及ぶからです」
「何が起きるんですか」
「勘違いを、生んでしまうんですね。生きることが、同じことの繰り返しだったとか、これは、こういう意味だとか、私の命の部屋は、弁論する際の、曲解をするための資料として、用いられてしまったんです」
「そんなことが」
「そして、ホームで問題が起きました」
「問題」
「そう、私は、命の部屋を二次創作可能のアニメ小説として、書いたので、多くの人が、命の部屋を書くことになりました。そして、人々は、自分の書いた人生と他人が書いた人生を比べ始めました。私は、誰も、傷ついてほしくは無い。そのため、命の部屋を、更新する日々が続きました」
「しかし、命の部屋は、更新されることがなくなった」
頼次さんは、そう断言した。
「私は、人生を通して、この命の部屋を書こうとしていたので、それは、そうなのかもしれません」
「この命の部屋で、天命を全うするのは、あなたになってしまった」
「拓真が、命の部屋を繰り返すのは、私が老いていくとこを見たからだと思います」
「なるほど」
「私は、考えました、自分が考えた、小説の主人公たちが、自分を見たとき、何を思うか。そして、それをどうプログラミングするか」
「そのコードは、あるんですか」
「命の部屋を出ろ。そう、言い残しました。しかし、ここで、私は、考えていませんでした」
「既に考えた、命の部屋で、外界に出ろといえば、その影響が、内部にも及ぶことをですね」
「それは、命の部屋の破壊にも繋がりました」
「どういうことです」
「命の部屋へ行き、未来を知る。何かを、やり直そうとする。元の命の部屋へ帰ろうとする。だが、同じ命の部屋には、帰れない。決して、未来は変えられなかったのです。それが、命の部屋がぶつかった、最初の障壁でした」
「未来は、変えられない」
「知ることと、それを変えることは、現実的には違います。私は、変えることを諦めてしまったのです」
「変えることを諦めた。あなたは、この世界の作者です。変えられることだって」
「止めろ」
頼次さんは、制止した。
「一つだけ、決まっているのは」
彼は、息をついて、一言言った。
「寿命で、死ぬ」
おれは、頼次さんを見た。
「そういうことだ 」
「だから、今を生きる。そう決めたのです」
「だから、あなたはこの世界を」
「消す」
彼の出した結論は、全く理解できなかった。
「あなた、何言って」
「消す。命の部屋が、新しいものになるまで、私は、この命の部屋を消してでも」
「そういうことか」
「拓真」
拓真は、今来たが、すべてのことを知っているようだった。
「この命の部屋が、世界が、正しくないなんて、間違えている」
拓真は、戦う様子だった。
「命の部屋が、一番良くなるまで、私はここに来る」
「死んでいるのは、どういうことだ。それは、この世界が、あんたが書いた最後の世界だったからか」
拓真は、右腕を勢いよく払って、聞いた。
「なんで、お前は生きている」
「じゃあ、聞かせてくれ、拓真」
田中凌太は、拓真に近づき、言った。
「生きている理由は、あったのか」
「生きている理由、ここで証明してやるよ」
拓真は、走り出した。
「展開跳躍」
彼は、作者まで、一気に距離を詰める。
「パイルハンマー」
彼は、右腕の義手を思いっきり、振り抜く。義手からは、蒸気が上がっている。
「クッ」
それを、作者は、軽くいなし、拓真を回転させ、距離を取るように、突き放した。
「お前は、まだ知らない。命の部屋を」
彼は、おれたちを視界に入れながら、黒い空間まで、下がる。
「この命の部屋の本当の仕組みを、知ったとき、君は、変わる」
作者は、命の部屋をくぐると、去って行った。
「クソッ。取り逃した」
「拓真、なぜ彼を」
「よく考えてみろ。この世界が良くなかったから、書きかえるって言ってるんだぞ。それで、おれたちは消える」
「確かにそうだな」
「敵は、あいつだ」
「しかし、妙な点もある」
「妙な点」
「拓真。始点で会ったとき、彼は息を引き取っていたのだろう」
「ああ、間違いない。凌太は、老いてた。既に、齢60は超えていた。それは、一体どういうことか。おれには、分からん」
「老いていたのか」
「今来たのは、若い頃のあいつだ」
「じゃあ、こうも考えられる。今は、消えいく世界にいて、私達全員が、新しい命の部屋へ、全員で行けば、この命の部屋は消されることはない」
「なるほどな」
「命の部屋を守るフェーズに入ったのか」
「広人、拓真、頼次」
その声は、碧だった。
「カスケードシステム、シンシアを通して、話しかけているの」
その声は、空のてっぺんあたりから、聞こえた。
「この命の部屋の構造に気付いたの」
おれたちは、研究所まで行くことにした。
15.外の世界
「この部屋は、命の部屋なの」
「それは、知ってる。この世界が、命の部屋で、現実世界を模倣した、社会実験として作られたんだろう」
「良いかしら。命の部屋は、外形も、箱のようなものなの」
「外の世界から、箱のように作られたの。箱は、展開できる」
「展開。隣の世界は、命の部屋なのか」
「そして、箱を展開したら、平面になる」
「平面、それが、どうかするのか」
「命の木の水面。あれは、どこにつながっていると思う」
「地面だろ」
「その地面は、強化ガラスの一種でできているの。その上に、質力のある砂が乗っている」
「地面が、ガラス」
「そのガラスは、決して壊れない。私が、確認してきたわ。そして、そのガラスは、あることで、溶ける」
「 それは、一体」
「緑の硬貨よ」
緑の硬貨。それは、命の部屋の技術を転用して、作られたものだ。
「そして、裏面の、つまり、水面の下には、現実の世界が広がっている」
現実世界は、水面の下にある。
「外の世界は、水面の下にある」
「下とか、上とか、そういう話でも無いみたい。この世界は、現実の世界を投影した、影のような世界」
「それが、何の意味で、発見なんだ」
「命の部屋は、カスケードシステムだけで表現される。そして、命の庭は、外の世界と繋がっている」
「一体、それがどうした」
「私達は、命の庭に退避して、カスケードシステムに、自分たちの情報を組み込んで、命の庭から外の世界へ出る」
「何を言ってるんだ」
「この命の部屋がプログラムされてるように、私達もプログラムの一部だということ」
「おれたちの情報を外の世界に移送するのか」
「待て」
おれは、加熱しすぎた頭を整理した。
「命の部屋から、外の世界に出るには、おれたちを情報として、外の世界に送れば良い」
「そして、カスケードシステムを利用して、情報をまとめ上げる」
「そして、碧。あなたが、私達の仕組みを理解したのね」
緑は、その先を理解しているようだった。
「そして、新たな情報はこう。プログラム勝負なのよ」
「プログラム」
「良い。作者は、この世界に、まず、定義をするの」
「勝利も入れて話したほうが良い」
おれたちは、講堂に移り、ここにいない、勝利、響、愛、朝日、守を呼んだ。
「定義。まずは、作者は、自分をこの世界に定義して、入ってくる」
「おれたちが、この世界にいるのも定義されているからだな」
響は、この世界の多くのことを理解しているようだ。
「私達は、クラスとして表現され、関数として、技を発動する。拓真の、命の部屋展開跳躍は、関数として、技が保管されている。それを、取り出すことに成功した。技の抽出には、時間がかかったけど、このシンシアを起動させて、誰に対しても、使えるようになった」
「それだけで、彼と戦うには大きな戦力だな」
響は、そう言った。
「待て、碧。そのコードの中に、作者がいるのか」
「いえ、彼は、外の世界からアクセスしようとしたときだけ、瞬時に自分を作り出すコードを外部に持っているの」
「外部にコードをか」
「だから、こちら側から関与はできない」
拓真は、考えあぐねているようだった。
「拓真、どうした」
「一つ言い忘れていたことがある」
拓真は、ひじを足に乗せ言う。
「彼と戦う戦力は、おれたちには、無い」
彼は、断言した。
「命の部屋へ行き、時間を稼ぐ必要がある」
「そんなことしてる間に、この世界は消される」
「いいや、この世界を新たな命の部屋へ移行させれば」
「世界は、繋がる」
誰もが、黙って、思索を始めた。
「作者を理解させるには、戦うしか無いのか」
「でも、もし、作者がいなくなれば、この世界はなくなる」
「どうしたら、いいんだ」
おれは、思いついて、ポツリと言った。
「おれが、命の部屋を書けばいいのか」
「命の部屋を書く」
「その考えは、どういうことだ」
「作者の望みは、命の部屋を書き続けること、だから、おれがそうすればいい」
おれは、命の部屋で、何が起きるか、規定すれば良い。
「誰もが、お前の言ったように動くわけじゃないぞ」
「だから、楽しむんだ」
おれは、頼次さんに、物語の書き方を教わることにした。
16.小説「命の部屋」
「何。突飛なことを」
「知ってるんです。頼次さんが、普段は、小説家だってことを」
「命の部屋を規定する」
頼次さんは、考え込んでいた。
「まず、前提条件は」
「命の部屋が続くこと」
「そうだ。そして、書くのは、こうあったらいい、こうあればいいと思うものを創造することから始まる」
おれは、短編、一つ命の部屋を書き上げ、碧のもとまで行った。
「でも、あなたがしていることは、命の部屋の中に、命の部屋を作ろうとしている」
「外の世界と繋がりを持たなくてはならないのか」
「どうする」
「行ってみよう」
「でも、誰が行くの」
「全員で、行ってみよう」
おれたちは、命の木に集まった。
「良い。私が、緑の硬貨を水面に落とすわ」
そこには、おれ、拓真、勝利、守、愛、朝日、響がいた。
「行くわ。現実世界へ」
緑は、硬貨を水面に落とした。その瞬間、水面と硬貨の間で、大きな衝撃が起き、穴が空いた。
「ここに飛び込めば」
おれたちは、順番に勢いをつけて、穴へ入った。
「今日は、命の日になるのか」
そこには、作者がいた。
「元の世界と、同じような」
あたりには、元の世界と同じように、命の木と、浅く張った水面が広がっている。
「私は、命の部屋が、私を超えて、立派になるまで、ここで命の木を守っている」
「理解させてやる、おれたちが正しいことを」
「生きる理由を見つける前に、私の元へ来たのか」
「命の部屋、展開跳躍。パイルハンマー」
作者は、拓真の技を受け止める。
「これなら」
愛は、弓を構え、放った。
「当たる」
弓は、作者をすり抜けた。
「情報の欠落に対して、言ってなかった。ここでは、人一人分の情報が送られてきている。だから、私と一対一でしか戦えない」
「一人ずつ、戦うしか無いのね」
「君たちは、この世界で動くには、コードとして、この世界にいる」
「そんなこと、どうだっていい」
「良いだろう、私に勝てば、命の部屋を消すことは、ないだろう」
作者は、拓真の攻撃の勢いを利用し、徐々に、拓真を押し始めた。
「そもそも、君たちは、何も解決していない」
「命の部屋から帰る。それが本来の目的だった。そして、外の世界へ出る、それが、おれたちがここにいたことの証明となる」
拓真は、言った。
「だが、君たちは、何も気づいていない」
「ここは、私の命の部屋」
「そう、緑。ここは、緑の命の部屋なんだ。ここへ、どう来た。緑の硬貨を使っただろう。すべてのことが、緑を中心に回る」
「違う。私は」
「緑、お前が白の霊薬を飲んで、永遠の命を手に入れたのは、おれのせいなんだ」
作者は、緑に言った。
「どういうこと」
「碧のアイデアを活かして、命の部屋を作る際、骨組みが必要だった」
「その骨組みが、緑の命の部屋だったのね」
「緑の人生は、永遠に続くというのは、この物語が、永遠に続くという点で、私の本来の目的と相性が良かった」
「そんなことのために、緑を利用しているのか」
「すまないが、私はこの弱さを受け入れている」
「ごめんなさい。私は、彼に従う」
「緑」
「この世界が消えても、良いのか」
「私に永遠の命を、与えたのは、彼」
「緑」
「来ないで」
緑は、右手でおれたちを制止した。
「また、新たな命の部屋で、会いましょう」
作者が、右手を振ると、おれ以外は、命の部屋へ戻された。
「広人、この世界で、変化が起きるとしたら、君のせいなんだ」
作者は、おれに言った。
「これを」
彼が、手渡したのは、本だった。
「命の部屋」
「これの続きを書くのは、君だ。それじゃあ」
おれは、少しして、命の部屋へ戻された。
「おれたちは、現実世界では、ただのデータでしか無いのか」
「だから、作者に、命の部屋に戻されたのね」
「緑」
拓真は、緑がいなくなったことを相当悔いていた。これから、緑を追いかける旅が始まった。
「命の部屋へ行き、緑を取り戻す」
そして、おれたちが出した結論は、こうだった。
「始点に戻り、作者を説得する」
「しかし、始点に戻れるのは、おれだけだ」
拓真は、言った。
「まずは、その未来を変える」
おれたちは、作者に、生きた理由があったと、ただ伝えるために、作者に会いに行く。
「生きる理由」
それは、おれたちが、作者がいることで、持ち合わせるものだと思うようになった。
「おれたちは、命の部屋へ戻る必要があるのか」
「緑は、戻って来る」
拓真は、断言した。
「あいつは、緑の影響が、外の世界に出てくることを恐れている」
おれたちは、緑の帰りを待つことになった。おれは、彼に手渡された命の部屋を読んだ。
「今まで起きたことが書いてある」
そこには、未来を書くだけの空白があった。
「書くことなんて」
おれは、命の部屋を部屋の隅に置いておいた。
17.書き出す者
「今日も、ダメ」
おれたちは、時々、命の木で、作者と一戦交えるようになった。
「広人。君は、いいのか」
「おれ、今日は、違う目的で来たんですよ」
おれは、命の部屋に続きを加えて、来た。その本を、作者に渡す。
「読んで良いかい」
「良いですよ」
「なるほど、命の部屋を通して、未来を変えようとしているのか」
「そうなんです」
「命の部屋が、自動的に動くには、今までが必要だった。君は、日常の生活を通して、命の部屋の本来の目的に辿り着いた」
「本来の目的」
「命の部屋を書くものを生み出す、それが、この命の部屋計画の本来の目的。そのために、おれは、命の部屋を生み出し、役割を与えた」
「じゃあ、何もおれたちが戦い会うことを望んでいたわけではなかったんですね」
勝利は、聞いた。
「そうだ、命の部屋が続けば、何でも良い」
「そういう意味では、あなたにとって、この本を書き加えてきたことは」
「目的通り」
「でも、あなたは、永遠に命の部屋が続くことを望みながら、その影響が外に出ることをも避けている」
「そうだ」
「凌太さん、命の部屋って一体、なんなんですか」
「私は、この本を生きた証として、保管しようと思った、それだけだ」
「なら、今日もこうして、次の命の部屋が生まれた、それでいいんですかね」
「この、命の部屋は、私の創造を超えた。それでいい」
「でも、愛の電力供給は、持ってあと2ヶ月」
刻々と、終わりは近づいていた。
18.命の船
「あと、1ヶ月か」
おれは、勝也さんと話していた。
「明日は、愛が共同体宣言を行う日だ」
「共同体宣言」
「そうだ、共同体宣言は、おれたちは命の船を用いて、世界を再構成する」
「この、命の部屋のデータを再構成するのか」
「この計画は、哲学のテセウスの船というアイデアに基づいている」
「テセウスの船」
「広人。ある船があるとき、それと同じ部品で再構成したとき、その船は過去の船と同じだと言えるか」
「部品が同じなら、同じ船なのかもしれない」
「だが、光も考えられないか。その船を模倣して、同じ船を作っている時点で、両者は別物だと。この世界も同じなんだ」
「命の部屋も、複製したら、違う命の部屋となる」
「同じ人生は、二度と無い」
勝也さんは、そう言った。おれたちは、海まで、歩いて辿り着いた。
「これが、命の船だ」
そこには、大きな船舶が止まっていた。
「これで、おれたちは、次の命の部屋へ行く」
「どうやって、ですか」
「この命の部屋を、命の船に乗せていく」
「命の木から、現実世界へ行くんですか。でも、それは、潜って行くのとは、何が違うんですか」
「命の船は、おれたちを守る。その日が来れば分かる。これも、この命の部屋が電力不足になった時の非常手段だ」
おれは、命の船を見て、家路へ着いた。
19.共同体宣言
今日は、共同体宣言の日だった。大義総統は、演壇へと躍り出た。
「私たちは、新たな命の部屋へ行く」
観衆は、盛り上がった。
「今日は、マトニアの電力供給を最大限に上げて、カスケードシステムへすべての情報を送り込む。それができるのが、ここにいるマトニア、愛だ」
「愛」
愛は、演壇へと招かれた。赤いドレスを着ている。
「私たちは、新たな命の部屋へ行く。全員でです。これを、共同体宣言として、私達は、今日、この日、命の部屋へ行きます」
観衆は、叫んだ。
「何だ」
その時、愛の周りに煙幕が落とされた。
「愛」
護衛についていた、朝日は叫ぶ。
「朝日」
愛は、襲撃された者たちより、担がれ、運ばれようとしていた。
「一体、誰だ」
おれは、襲撃者の一人、愛を運んでいる者を追った。おれは、追いかけた。襲撃者は、命の木を目指している。
「おれたちが、命の部屋へ行くのを阻んだ。お前は、一体、誰なんだ」
フードを被った男性は、服を畳、命の木の側に置いた。
「おれたちは、もう元には戻れない」
「拓真」
拓真は、愛を木に寄りかかるようにすると、おれへと向き直った。
「おれは、命の部屋へ一人で行く」
「拓真、どうして、命の部屋へ一人でいこうとする」
「そもそも、おれらを除いて、この世界から出られないからだ」
「ここで、過ごし続けるからか」
「ここで、過ごし続けるからじゃない」
「外の世界が、関係しているのか」
「ああ、外の世界で、実証試験に参加したのは、誰だ」
「この世界に、いる人は、命の部屋に入ってきたんじゃないのか」
「違う」
「違う。どういうことなんだ」
「おれたちが、見ていたものは、こうだ」
「命の部屋」
彼は、命の部屋を開いた。
「おれは、すでにカスケードシステムを一つ持っている」
「どういう意味だ」
「おれは、一つ、頼次が、命の部屋から帰った回のカスケードシステムの情報を右手に埋め込んできた。そうして、新たな命の部屋を自分で開く能力を身につけた」
「そんなことが」
「多くの者は、命の部屋に興味すら示さなかった。そして、この世界に送り込まれたのは、10人だ」
「おれ、緑、勝利、碧、愛、響、守、勝也さん、馬岩さん、大義総統」
「そして、未来を繰り返した頼次、そして、おれが、この命の部屋にいる」
拓真は、命の木へと手を伸ばした。
「拓真」
「命の木の中に、あるのはこのチップだ。これが、電力供給だ」
彼は、命の木から、チップを抜いた。
「なぜだ、Saneの部隊が」
大義総統の周りにいた、護衛部隊は、消えた。
「おれたちは、命の部屋に取り残されたんだ」
「新しい命の部屋へ行っても」
「始点に戻されるだけだ」
「そして、始点では」
「作者が、消え、命の部屋の更新が止まったとき、この世界は終わりを告げる」
拓真は、愛を見て言った。
「しかし、ここは、元の命の部屋ではない。ここも、緑の命の部屋だからな」
「始点に戻れば、もとの現実世界との繋がりを取り戻せるのか」
「すべての命の部屋は、消えた。そして、緑の命の部屋だけ残った」
「すべての命の部屋が消えた、どういうことだ」
「物語には、起点が必要だった。そいうことだ」
「頼次さん」
「命の部屋は、緑が、永遠の命を手に入れ、広人が同じ人生を繰り返すはずだった。しかし、子どもとして生まれた拓真が命の部屋を繰り返すことになる、それが作者が当初想定していた予想だった」
「そして、おれたちは、外の世界を目指すことになった」
「なるほど、命の部屋を繰り返すか、外の世界へ行くか、おれたちは選ばなければならないのか」
「命の部屋へは、おれが帰る。そのためには、この世界におれ以外がいなくなるのを、待つ必要がある」
「命の部屋へは、おれが行く」
「広人」
頼次さんは、その決断に驚いているようだった。
「広人。命の部屋へ行くのは、おれだ」
「命の部屋へ言ったのは、元は、おれだ。おれが、行く」
拓真は、黙って、命の部屋を開いた。
「行かせるか」
おれは、拓真を止めようとした。
「広人。すまないな」
「勝利」
そこにいたのは、勝利だった。
20.勝利
「情熱。それは、おれの焦燥感となった」
おれは、勝利と向かい合う。
「広人。なぜ、お前が今、ここにいるか、わかるか」
「分からない」
「それは、あの日。おれが、命の部屋で止めてやることが出来なかったからだ」
勝利は、腰を落として、地面に拳を当てた。
「瞬間突破」
彼は、急激におれとの距離を詰め、突進攻撃を放った。
「突破、突破、突破」
彼の連続の突きは、徐々に勢いを強める。
勝利は、拓真が、命の部屋の展開を終えたのを見ると、自分も命の部屋をまたいだ。
「もう、この命の部屋は、なくても良いのか」
命の木には、静寂が訪れた。おれは、命の木に、夜に来た。碧に呼ばれたからだ。
「碧」
碧は、すべてを打ち明けるのだろう。
21.終わり
「私は、視力を失いつつある。もう、この世界が色付いて見えない」
「視力を失いつつあるのか」
「私達は失う、だから、失う前に戻りたいって思うこともあるわ。でも、私は、むしろ、終わりを待ちわびている」
「始点に戻りたいとは、思わないのか」
「私は、未来を知ってしまったから」
「未来。どんな未来なんだ」
「この命の部屋が終わる」
「この命の部屋が終われば、おれたちが、おれたちが生きてきた証は」
「無くなる」
「クッ」
おれたちが生きた証は、無に帰り、ここでの生活はなくなる。
「いつしか、考えるようになったの。私が生きた意味は、何かって」
水面に映し出された満月を、彼女は見つめている。
「何を経験したのかってことね、私にとって。私達の未来は、規定されてしまった。終わりを知り、すべて人生を知ってしまった。そのときには、私達の人生は終わってしまったのかもしれないわね」
「この命の部屋は、永遠に続くのか」
「緑は、白の霊薬を飲み、太陽神リタリアとなる。それを止められれば」
「おれが、命の庭へ行って、リタリアと話してくれば」
「一度だけよ、あなたを命の庭へ連れて行く。明日の昼に、研究所へ」
おれは、彼女と別れた。
22.永遠の命
「行くわよ」
「ああ」
おれは、カスケードシステムを経由して、命の庭へたどりいついた。
「リタリア」
「どうして、白の霊薬を飲んで、永遠の命を手に入れたんだ」
「私は、この先に賭けてみたくなったの」
リタリアがそう言うと、隣には、緑がいた。
「緑」
「永遠の命は、間違えているの」
緑は、リタリアに黒の霊薬を渡した。
「始点に戻る方法が必要なんじゃない。私たちは、私達の過ちを直していく力が必要なの」
「黒の霊薬の効果は」
「どんなものにも、終わりを迎えさせる」
リタリアは、おれに近づいて、こう言った。
「始点に戻ったとき、あなたはすぎに戦わなければならない」
「それは、なんで」
「時間がないからよ。そして、それは、そもそも、開始地点ではなく、終了地点ともなる」
「もしかして、始点は、命の部屋へ最初行った時は、作者の死として表され、その後命の部屋を繰り返すと、作者により、おれたちが消される、そういう流れですか」
「そう。私の人生が終われば、あなたはすぐに始点へ戻される」
「リタリア」
彼女は、頷くと、黒の霊薬を飲んだ。
「きっと、勝って」
23.命の日
リタリアが、永遠の命を失うと同時に、命の部屋に残されたおれたちは、全員、命の木へと導かれた。
「凌太」
そこにいたのは、作者だった。彼は、息を吸うと、言った。
「かかって来い」
「私から行く」
「愛」
愛は、弓を構えた。作者は、一気に距離を詰めてくる。
「そうは、させないぜ」
勝利は、愛を守るように、前へ出た。彼の繰り出す拳は、作者と互角。
「クソッ。守」
「守護の盾」
「ハアッ」
作者は、守の展開した6層の盾を裏拳で壊した。
「瞬間突破」
守の壊れた盾の側から、勝利は、瞬間突破を繰り出す。
「クッ」
作者は、右に身を捻り、勝利を地面に叩きつけた。
「来いよ」
響は、雷撃を繰り出す。水面に落ちる。雷撃は、水面を通し、作者は、足を取られる。
「拓真」
「おうよ」
拓真は、命の部屋展開跳躍で、近づき、攻撃する。
「君たちは、まだデータに過ぎない」
「おれたちは、今目覚める」
「命の部屋が、終わるというのか」
作者は、押され始めた。
「おれが、書いた物語は。今、終わらない」
「命の部屋は、お前の想像を超えて、成長した」
「良いだろう」
彼は、拳を収めた。
「最後の日。お前たちの存在証明を示してくれ。ここは、新宿。自分の体で目覚め、私の所へ来てくれ」
おれは、自分の体の元へ向かった。
「クッ」
久しぶりの起床からか、身体が痛い。
「起きれるのは、おれだけ」
命の部屋から帰れたのは、自分だけ。ボタンを押しても、自分以外誰も起きなかった。
「Homeへ行くぞ」
「なぜ」
「命の部屋は、破壊されるからだ」
「あなたにですか」
「今回は、私じゃない。自壊だ」
「Homeまで、逃げるぞ。ここから、10キロ先だ」
「田中さん、どこまで行くんですか」
「おれの実家だ」
「それが、Homeなんですか」
「今頃、命の部屋はすべて盗み出された。これで、命の部屋での戦力を整え、敵は」
「大義だ」
「総統のことですか」
「総統。あいつは、科学者だ。しかも、ただ者ではない」
「命の部屋の完璧な模倣を成功させた、プログラマーだ」
「今から、Homeへ行くんですね」
おれたちは、Homeへ着いた。
「凌太」
そこには、彼の父親がいた。
「新しい世界ができたとき、お前たちは、自分自身で戦わなけらばならない」
「あなたは、これから、どうするんですか」
「命の部屋を取り戻す。今は、世界を取り戻すために、準備期間に入る」
彼は、それから執筆活動を始めた。彼と過ごすようになってから、自分たちが、どのように命の部屋へ行ったか理解した。
「意外と、ひまそうですね」
「大事なことは、ゆっくり考えるんだ」
「NewHomeにある、命の部屋は、今、どうなっているんでしょうか」
「全く、違う構想になっている可能性もある。これは、命の部屋と、命の部屋の戦いなんだ。どちらの世界が、強いか。それを、比べるための。弱きものは、淘汰される。面白くないものは、誰にも見られない、そういうものだ」
彼の執筆は続き、命の部屋は更新され続けた。
「そろそろ、行こう。また、命の部屋で、会おう。その時は」
「おれたちは、戦うしか無いんですね」
「ああ」
24.大義
「大義」
「ここには、命の部屋、いや、命の木だけを創造したんです」
「おれは、もう、戦う気はない」
「何言ってるんですか」
大義は、作者の胸元を掴んだ。
「あなたは、戦い続けた。それは、最後までだ」
「私は、命の部屋を消す」
「そのための最高の舞台だ。行ってくれ」
「大義」
「緑の永遠の命を終わらせる、黒の霊薬は、命の部屋の技術を利用して作ったものだ」
「だから、終わらすしかないんです」
「誰も、私を、私の苦しみを理解しない」
「凌太さん」
作者は、すでに命の木へ向かった。
25.命の部屋
「命の部屋は、正しかったのか、証明してみろ」
作者は、言った。
「私も、命の部屋の帰還者だ」
頼次は、言った。
「おれは、未来を変える」
「拓真」
拓真、頼次、自分は、作者と向かい合った。
「かかって来い」
「拓真」
作者は、拓真に狙いを絞り、攻撃を始めた。
「命の部屋、展開跳躍。クハッ」
「この命の部屋は、現実世界と変わらない」
「関数が使えない」
「私の未来は、自分で決める」
頼次は、叫ぶ。
「未来が、決まっているとしたら」
「私が、生きたいように生きる」
「もし、人生は、つらいことの連続だったら」
「生きた証を残す」
「何も残らなかったら」
「おれは、この世界を守って来たんだ。この世界を、守ってきたんだ」
作者は、戦意を失ったかのように見えた。
「この世界は、命の部屋は終わるのか」
「書き残します、おれたちが」
おれは、命の木の横に置いておいた、あるものを取りに行った。
「カメラ」
「それは」
「拓真、写真取ろうぜ」
「おれに、取らせてくれ」
凌太は、言った。
「命の部屋にいてくれて、ありがとう」
「それじゃあな」
おれの記憶は、燃える写真の断片のように消えていく。
「ステガノリープ」
「残されたのか」
そこにいたのは、老人だった。
「凌太さん」
「私は、思いつかないことがないと思っていたんだ。でも、現実は違った。思いつかないことも、ある」
「私の余命は、後少し。最後に、書き残さねば」
「もう、その必要はない」
凌太さんは、意識を失った。意識を失った、彼の隣にいたのは、若い頃の彼だった。
「残されたのか」
「あなたは、間違えている」
「間違え」
「あなたは、そんな戦い方しなかったはずだ」
「命の部屋の作者だ。何を使っても、生き残る。始めて来たのか」
「舐めてるのか。あなたが、どんな思いで、おれたちを育てたか。命の部屋は、繰り返して」
「始点に来るのは、始めてか」
「始点」
「ここが、元の世界。現実世界だ」
おれは、命の部屋をステガノリープで戻り、最初の世界に戻った。
「命の部屋の更新を続ける、あなたを止める」
「更新、そんなものはしない。主人公が、勝つから美しい。命の部屋の、主人公は、私だ」
「作者を超える。その経験をただの経験者の君に出来るはずがない」
「試してやるよ」
「始点で過ごせば、気持ちも変わる。ここに、拓真は来ない」
「今日が、命の日。あなたが消えていなくなる日だ」
命の日、おれは、作者、田中凌太と向かい合った。
26.命の日
「広人。君が見てきたものを証明してくれ」
おれは、走り出す。対等に戦うことができたのは、自分が物語を作り、歩みだしたからだろう。
「おれの証明の仕方は、あなたと話すことです」
「命の部屋を作るには、何も戦う必要はないんです。あなたの苦悩、喜びを書けばいいんです。だから、物語は」
「そうか」
「その命の木は」
「カスケードシステム」
「おれたちも、ただの情報なんだ」
「拓真」
「後は、任せたぞ」
そう言うと、拓真の体は、情報の海へと消えていった。
「そう、その命の木は、ただの情報」
「私は、年老いてしまったんだ」
カスケードシステムを解くと、彼は、老いた姿になっていた。
「この命の部屋を、きっと証明してくれ」
「ええ、任せてください」
「次の命の部屋を、最後にしてくれ」
「きっと」
おれは、命の部屋をくぐり、この命の部屋を去った。
「正しいか、間違えてるかじゃない、生きているかだ」
おれは、生へ執着し、次の命の部屋へ行くことになった。