命の部屋で、広人は、制作者、田中凌太と出会う。
「残されたのか」
おれは、写真に映る自分を見つめた。
「拓真」
写真の裏面には、そう書かれていた。
「広人」
おれを呼んだのは、写真の少年、拓真だった。
たった今、彼は命の部屋から帰ってきたのだ。
手には、壊れたカメラを握っている。
「同じ景色も繰り返せば、また違って見えるの」
「緑」
彼女は、おれの肩を借りる、拓真と、おれをフレームに収めるようにした。
「命の部屋から、帰って来たのね」
「静希」
「この世界は、私たちは繰り返すしかないの」
おれは、肌身離さず持っていたこの写真の意味をうっすらと分かり始めた。
「拓真。お前は、なんでここに帰って来たんだ」
「なんで、か」
拓真は、一つ息をつくと答えた。
「復讐するためだ」
「復讐。誰にだ」
「うまく行かなかった、自分にな」
おれは、知っていた。
その言葉の意味を本当に理解したとき、彼とは、共にいられなくなることを。
「こんなこと、繰り返さなければ」
私は、首にかけたひもを千切って、緑の硬貨を握りしめた。
「こんなものなければ」
緑の硬貨が、浅く張った水面に触れた時、私の意識は遠のいた。
「あなたは」
ここが、命の部屋だと直感で分かった。
「私は、リタリア。永遠の命の神」
「緑、よろしく」
「一度きりしかない人生を失った日、私とあなたは出会う」
彼女は、日にちを数えるように花を植えていた。
「私は、あなたの愛する者に殺してもらうことになる」
彼女の側には、白い液体のついたビンが置いてあった。
「同じことは、繰り返さない」
私は、リタリアが次に言う言葉を知っていた。
「同じ景色も繰り返せば、また違って見えるの」
燃える写真のように、私の記憶は消えていく。
目覚めた瞬間、私は、自分の人生は、彼が握っていることを知った。
「霊薬」
「緑」
「広人」
彼の手に握られていたのは、リタリアの飲んだビンだった。
ただ、それは未使用となっていた。
「命の部屋。それは人生を集約したものなの 」
「幾つもの時を経て、帰ってきたのは、おれ一人だ」
「そして、この計画の主導は、この論文により、現実となった。これを書いたのは、静希だ」
「私は、この論文のおかげで、生きている意味を実感できた」
ー論文名 命の部屋ー
本論文は、命の部屋へ行くことの意味を表現するために、書かれたことを念頭に置かれるはずである。
まずは、諸概念についての説明を下記で、行う。
「ステガノグラフィー」
命の部屋計画として、画像などに情報を埋め込む技術として、利用された。
二次元から三次元への転移を可能にしたと考えられる。
「テセウスの船」
自己同一性の見解について、用いられた。
「カスケードシステム」
命の木は、すべての情報を表現することができるようになった。命の庭という、固定の命の部屋とつながっていると予想される
「命の木」
すべての動力源となっている。太陽による、影を利用している。カスケードシステムによって、駆動している。
これが、論文の内容だった。
「緑」
緑は目を覚ました。
「ここは」
「研究所だ。何が見えた」
彼女の体を起こし、おれは聞いた。
「白い庭」
「他には」
「リタっていう女性」
「それ以外は」
「何も見えなかった」
彼女は焦っていた。
「あんな終わりになるなんて。私たちは帰ってこれなくなる。これでおしまいだっていうの」
彼女の動揺はおれたちに伝わった。
「私たちにはまだ残されたものがある」
静希は、まだ諦めていなかった。
「これが残された希望」
「残された、希望」
彼女は浅い起毛でできた入れ物を取り出した。
「霊薬よ」
響が箱を受け取って、開けるとそこには5本のびんが並べられていた。
「これが霊薬」
「オレンジと黄色に紫、それと白と黒」
「これでオレたち全員が命の部屋へ行ける」
響は期待を込めて、そう言った。
「これは私たちが命の部屋の技術を転用して作ったもの」
「これがあれば命の部屋に行けるのか」
勝也は興味を持って聞いた。
「ああ、そうだ。オレたちは命の部屋に行くために、霊薬を使った戦闘を起こす」
「この霊薬を使って空間のゆがみに働きかけ、命の部屋の扉を開くの」
静希は補足した。部屋のそこかしこには、コピーした紙が置いてある。そこには文字が書き
加えられているが、大半は文字を消す、二重線で埋められている。彼女が書いたのだろう。
「そんなこと、できるの」
愛は驚いていた。
「ああ。しかし、失うものも大きい。静希。お前は霊薬についてどう思うんだ」
「私は作ったまで。それ以上の判断はあなた達に委ねるわ。使えば命の保証はしない」
愛は霊薬を見つめていた。
「霊薬に頼るなんて間違えている」
愛は言った。
「霊薬がなければ、どうするっていうの。どうやって、命の部屋に」
「だって、戦う理由がないでしょ。私は霊薬はいらない」
「だからって霊薬がいらないだなんて」
「私たちはみんなで命の部屋に行くのよ、それが私の願い。私たちは選ばれたの。ここに残ることを」
「あなただって、自分の部屋のこと思い出したいはずなのに」
「良いの、緑。きっと救ってあげるから」
彼女は歩きだした。
「私は覚悟を決めた。この国を、私たちを救うって」
愛はその場を去った。
「彼女の言う通りかもしれないわね」
静希は静かに同意した。
「男性は霊薬を持つべき。私と緑と愛は、硬貨を持っている」
「誰かに任せておくべきだ」
「私が保管しておく」
「ああ」
静希は、手を挙げて、霊薬の箱を閉めた。
「じゃあ、そろそろ行くわよ」
緑は服を払った。
「今日は、私たちが命の部屋へ行く部隊、Saneに配属される日よ」
「私が失敗したから」
「なにしてるの、愛」
「朝日」
朝日は焼却所を見て泣く私の手を引っ張った。
「思い出さないでいいことを」
「だめだよ。自分にうそついたら」
「あなたがまた壊されたら、わたし」
「自由になれたらよかったのに」
私は自由を求めていた。
「あなたは自由。命の部屋に行かなくてもいい。そう言ったでしょ」
「こんなこと間違っているんだ」
勝也はそこにいた。
「仕方ないよ、私たちが生まれた意味だから」
「この焼却場。マトニアが死んでるんだぞ」
「死んでるんじゃないよ」
「ほとんど同じじゃないか」
「生産されたマトニアの中から、いらなくなった個体はここに捨てられる」
「今もマトニアが作られる理由は」
「私たちは、生命を得る代わりに、命の木のエネルギーをまかなう。もう終わりは近いの」
「どういうことだ」
「今日で命の木のエネルギーがなくなる」
「そしたらどうなる」
私は彼の疑問に答えることができなかった。だから、代わりにこう言った。
「この世界は、緑の記憶でできてるの」
私は最後に、静木と会うことにした。
「静希」
「愛」
静希は諦めたような顔で言った。
「この物語は、こんな終わりじゃなかった」
「それがいつまで言えるかしら」
「私は戻ることができなかったから、記憶を取り戻したのは静希のおかげ」
「そんなこと言わないで」
「死ぬほど苦労して作ったの知ってるから」
私はまっすぐに彼女を見つめた。
「ありがとう」
命の木を守り、この国を救う。
私は信じた。それが私の自由につながる考えだと。
「残されたのか」
びんの落ちる音がした。高い音が鳴り響く。
「なんで拾わなかったんだ」
そこにいたのは拓真だった。彼は落としたびんを拾わなかった。慌てて彼を呼び止めた。
「来ないでくれ」
彼は立ち止まり、下ばかり向いていた。
「今日が命の日になるかもしれないんだ。なんでお前はまだここにいるんだ」
彼はおれの胸を引っ張り、揺さぶった。服だけをつかみ、力なく言った。
「もう遅いんだ」
「これ、落としたんだ」
「止めろ、そんなもの見たくない」
「自分のものじゃないのか」
「なぜ、拾ったんだ」
「自分のことだろ」
おれは彼の手を握り、しっかりと手に収めた。
「広人。おれは命の部屋から帰ってきて、よかったのか」
「おれたちは帰れる。すべて捨てれば」
拓真は一度だけ目を大きく見開くと、びんを静かに握りしめた。
「広人。忘れたいことだってあるよな」
「すべてがそうじゃない。忘れるな。命の部屋に行くことだけじゃない。すべてが自分のことだって」
「ありがとう、広人」
彼は持っていた、黒いびんをズボンに収めた。
「おれはこのために生きる」
この時、おれは彼に生きる理由を与えたとは思わなかった。
「おれが誰かわかるころには、お前と一緒にはいられない」
「どういうことだ」
「今日は、命の日なんだ」
彼は生気を取り戻し、再び歩いて行った。
今日が最後の日だとしても、おれには生きる理由がなかった。
「今日が命の日になる」
総統はそう始めた。
「命の部屋。それは私たちの人生を見通すというシンプルなアイデアから成り立っている。
そして、私たちは自分の人生で何が起きるか知れば、恐れることはない」
そこには、新鋭部隊が集められていた。おれは黒い衣服に身を包む。
「総統、今日が命の日になるとはどういうことですか」
おれは聞いた。
「今日で、命の木のエネルギーは枯れる。命の木が失われればこの世界の均衡は崩れる」
「命の木のエネルギーを調節している鐘が鳴らなくなったからだと聞きました」
緑は言った。
「鐘が鳴らなくなったことも、命の木のエネルギーがなくなることと関連しているかもしれ
ん」
「緑、こちらへ」
緑は段差を上がり、台の上に立った。
「この少女。緑が命の部屋の記憶を見ることもなくなった。それも鐘が鳴らなくなったからだ」
「太陽神リタの記憶を見ることができない。オレたちは、太陽神リタに代わる、新たな象徴
が必要となる」
響は言った。
「そうだ」
「命の木のエネルギーがなくなる。膨大なエネルギーをまかなう方法なんてあるんですか」
「マトニアだ」
「マトニア」
「我々が生み出した機械生命体マトニアが、命の木のエネルギーをまかなうのだ」
「何体のマトニアが必要になるんだ」
「そして、私たちは、今から新しい王女の宣言式を行う」
動揺が走る。
「こんな急にか」
「この国に新しい王女が生まれる。すべてを変えるためだ」
総統に一人の女性が近づく。
「手はずは整えました」
「これから広場に移動してくれ」
総統の指示通り、おれらは広場に集まった。
「新しい王女って、誰か分かる」
「分からない」
広場の塔の突き出した部分に総統は立った。
「みな集まったか」
少しして、総統は話し始めた。
「今日が命の日となる。そして、命の木のエネルギーがなくなる。私たちには新しい象徴が
必要となる。それが彼女だ」
「あれは誰」
赤いじゅうたんの先、彼女は確かな足取りで塔のせり出した部分に立った。
「愛」
愛は演壇へと躍り出た。
「なんで愛が」
「今日が私たちの最後の日になるかもしれない。今日が私たちの世界を支えていた命の木の
エネルギーがなくなる日です」
愛は訴えた。
「今日という日が、私たちの命を救う命の日となることを誓い、マトニアすべての力を使う
ことを、ここに共同体宣言を宣言します」
聴衆は盛り上がり、歓声を上げる。
「マトニアの力を使うって」
「愛の近くに誰かがいるぞ」
「誰だ」
塔の上、叫び声が聞こえる。
「まずい」
次の瞬間、愛の周りには煙幕がまかれていた。
「アッ」
煙幕の中から、愛が担ぎ上げられているところが見える。
「愛」
朝日は叫ぶ。
「朝日」
愛は朝日に助けを求める。黒い服の集団は逃走を図り始めた。愛は意識を失っている。
「追おう」
隣にいた守は眼鏡に触れると、走り出した。おれ達はその集団を追う。黒い集団との戦闘が
始まる。
「守」
「ああ」
守の剣裁きに敵は倒れていく。
「ここは、任せろ広人」
「いいのか」
守は静かにうなずく。おれは黒い集団の先頭を追う。彼らは命の木に向かっているようだ。
「今日は命の日だ」
彼はおれを待っていた。
「何を考えている」
「広人。おれ達は、もう元には戻れない」
「誰だ。お前は」
男は黒い服を脱ぐと、静かに折りたたんで浅い水面の上に置いた。
「拓真」
そこには彼がいた。
「拓真、なにしてるんだ」
彼は答えなかった。拓真の横に、後から追いついた、もう一人が来た。
「勝也」
勝也は命の木に愛を腰かけさせた。
「緑の後悔だ」
拓真はオレンジ、白、黒、黄色、紫。すべての霊薬を持っていた。
「霊薬はすべてそろった」
「なぜ霊薬が」
「やはり、お前たちか」
「守」
追いついた守はおれの隣に立った。
「構えろ。ここには戦う理由がある。命の部屋へ行くんだ」
拓真は言った。
「戦う理由」
「置いたら始めだ」
拓真は、霊薬をおれたちと彼らの間にある切り株の上に置いた。
「行くぞ」
おれは走り出した。右の拳を振りかざす。拓真はしなやかに避ける。
「なぜ愛を」
「命の部屋に行くためだ」
おれは左の拳で腹を殴る。彼は俺の背中を両の拳でたたきつける。おれたちは距離をとる。
「命の部屋に行くのが、今のお前の目的なのか」
「それはちと違うな」
「お前の目的は」
「言ったろ。それは過去の自分と向き合うことだ。うまく行かなかった自分とな」
「そんなことのために愛を利用するのか」
「今日が、命の日だ」
「どういうことだ」
「すべてが終わる日だ」
おれは右の拳を振り抜くも、彼は左手を支えに右の手を十字にして、おれの身を投げた。
「クハッ」
おれは立ち上がる。守は、勝也と互角の戦いをしている。
「交代だ」
おれは勝也と向き合う。
「命の部屋で何があった」
「命の部屋はおれと拓真で行く。お前はここにいればいい」
彼は腰を落とし、水面に拳をつけた。
「瞬間突破」
彼が地面を踏み込むと、恐ろしい勢いで近づいてくる。おれは彼の拳を受け止めた。守はお
れにできた隙を補うように、カバーした。勝也は手傷を追う。
「あなたは帰ってくるべきでなかった、拓真」
「緑」
拓真は霊薬を見つめた。
「静希。霊薬を奪ったのはあなたね」
緑が言うと、命の木のそばから彼女は現れた。
「あなたのためよ」
「静希、お前はそちらにつくのか」
「私たちは、命の部屋へ行かなければならないの」
「命の部屋へ行くのは同じだろう。同じ目的ならなぜ争う」
彼女とおれたちの目的は同じようだ。
「戻ってこい」
「生きるには理由が必要なの」
「思い出してきた。あなたは」
「私は忘れていく。終わりから始まったから」
「広人。おれはお前が戦う理由だ」
彼は霊薬を見た。
「霊薬は回収するか、拓真」
「霊薬は置いてけ。引くぞ、勝也」
「待て」
「勝也、私が止める」
起きたのは愛だった。
「私たちが逃げ延びた先に何があるの。私は知りたい、何があるか。私はいくつも考えた。
何も叶わないなら、それは私の命じゃない」
「止めたりはしない」
拓真はそれだけ言うと、そこを去ろうとした。
「待て」
静希が硬貨をはじくと、彼女の手に繋がれた三人は姿をくらました。
「いつも本気」
愛は命の木の前に立ちふさがった。
「なぜこうなった」
守はじくじたる思いで、こぶしを握っていた。
「僕は使命を果たす」
彼はそれだけ言うと、どこかへ歩き出した。
「守」
「僕には使命がある。地下にある鐘を鳴らすことだ」
愛は、守が去っていくのを背中を見て、見守っていた。
「あなたはここで生きて。あなたが理由を作るの」
「戦う理由なんてないのに」
「霊薬」
おれたちに残されたのはこの霊薬で命の部屋へ行くことだけなのかもしれない。
「おれは決めた」
緑はおれを見つめていた。
「命の部屋へ行き、すべてが始まる前に戻る」
それがおれが命の部屋へ行く目的となった。
「私がここを守り抜く。命の木。私たちの思い出がある場所よ」
彼女は赤い硬貨を握りしめる。
「間違えている。おれたちが争う理由なんてない、そうだろ」
「生きてる理由を伝えるのに、理由なんてないわよ。あなたはいていいの。残って。私はこ
こに残る。それが正しい選択だと知っているから」
「命の木の部屋へ行くことがすべてじゃないのか」
「広人。私たちが命の部屋へ行ってしまったのは過ちなの。いっときの思い。そんなものに
すがりついても何も得られない。欲しいのは確かな証」
彼女は、後悔がなかった。
「戦う理由なんてない。そう言ったわね。本当にそうだったら良かった」
「今、命の部屋へ行くのか」
「あなたがそこに立って、私を見ている。それだけで充分なのよ、戦う理由なんて。あなた
が何を見たか知らないけど、私はここを守る理由がある」
彼女は命の木に触れる。
「世界がこうなったのは私のせい。マトニアも命の木もいらなかったのかもしれない。今日
が最後で構わない」
「何を言っているんだ」
「今日が最後なら、命の部屋に行く必要はない。私はそう生きるの」
「どうなってるんだ」
「響」
「戦うのはよそう。もう少し愛の話を聞くんだ」
おれは制止した。
「もう遅いわ」
「いたぞ、マトニア。タイプ・アン」
「総統」
そこには、総統の率いる部隊Saneがいた。
「放て」
彼女に弓矢が降り注ぐ。彼女はしなやかに避けると、弓を引き抜いた。
「思い出してあなたはここで生きる。私が教えられることは、本気で生きて本気で使いなさ
い」
彼女は赤い硬貨を取り出し、命の木に触れた。
「ウアアア」
赤い硬貨は二つに割れる。
「自由。私の引き継いだ部屋よ」
彼女の弓は部隊をせん滅していく。
「構わず、撃て」
Saneの部隊は、鉄砲を放つ。銃弾が彼女の腕をかすめる。
「私たちには戦う理由なんてなかった。本気になってしまったからかしらね」
総統の放った銃弾が、愛の左足の金具に入り込む。彼女は倒れこむ。
「愛」
「朝日」
「仕方ないの。もう戻れない」
朝日は、愛をかばうように前に出る。
「朝日、硬貨を完全に砕くんだ」
彼女は割れた硬貨を拾い、命の木に触れようとする。
「ウアアア」
彼女が叫び終えると、完全に硬貨は砕けた。
「なんだ」
衝撃が起きると、命の部屋が開く。
「ここで、終わりなのか」
総統は、命の部屋へと吸い込まれる。彼はつま先を持ち、たえる。
「ここで、ここで終わりにはしないぞ」
Saneの部隊と総統は命の部屋へ吸い込まれる。
「やった」
愛は喜んだ。
「これで自由ね」
命の部屋は愛を吸い込もうとした。
「私は、二度目の命をこうして生きて、良かったと思うの」
「愛。戻ってこい」
おれの手から彼女の手が離れていく。
「守のこと、守ってあげて」
命の部屋は愛を吸い込むと、空間は音を立て閉じた。命の部屋が閉じると、湖には静寂が訪
れた。
「お前も、命の部屋に行ったのか」
おれはことのすべてを思い出しかけていた。
「使命」
おれは彼のつぶやいた言葉が気になっていた。おれは、命の木で愛を失い、聖堂へ向かった。聖堂の地下へ続く階段を下りた。おれは扉を開けた。
「守」
彼は鐘の前で立ち尽くしていた。
「その鐘を鳴らすのがお前の使命なのか」
「ああ」
守は振り返って言った。
「地下のこの鐘が鳴り、地上の鐘が鳴る。そういう仕組みだ」
鐘のある部屋は、円形の天井に覆われている。鐘には金色の軸が付いている。
「守、この鐘を守っているのはお前だったのか」
「そうだ。大丈夫だ。僕がいる」
「どういうことだ」
「この鐘が鳴るたびに僕らは失っていくんだ」
「失っていく」
「君たちと過ごした日々を忘れはしない」
守は手に、紫の霊薬を持っていた。
「僕達のいた証は、ここにいたことは忘れてしまうんだ」
「止めろ」
彼は霊薬を使用しようとしていた。
「この鐘を壊せば、いつかは生きたいように生きれる」
「どういうことだ」
「鐘を壊すんだ」
「やめろ、おれは戦いたくない」
「僕は忘れないんだ」
「止めるしかない」
おれはいつも、彼が使っている木刀が扉の前にあるのを見つけると、手に取った。
「もう僕の記憶はないんだ」
彼は刀を引き抜き、走り出した。
「僕たちは残されたんだ。この世界に。そして僕は選び取った。この鐘を壊し、命の部屋へ
行くことを」
「止めろ守。霊薬を使用するな。そんなことしたら身が持たない」
「いつかは君のことも忘れるかもしれない。そして君も僕のことを忘れる。名前もすべて。
初めて会った時のように。いつかは生きた証となるここを、おれたちは忘れてしまうんだ」
剣戟を防ぐ。自分の身の左を刀が流れていくのを感じる。
「そんな気持ちで行けると思うな。何を捨ててきたと思ってるんだ」
「捨てたものなんてない」
彼の剣はしなるように身をかすめる。
「止めろおお」
守の体は飛ばされ、霊薬は地面に転がる。
「僕は失った」
「なにをだ」
「記憶だ」
「記憶」
「僕の捨てた物、それは記憶だ。僕は鐘を鳴らして、失ってきた」
「記憶を失ってきた」
「命の使い方。それは燃えるようなものなんだ」
彼は手に取った砂をもみ込んだ。土は地面に落ちていく。
「命の部屋へ行くのか」
「僕はもう迷わない」
「お前が、命の部屋に行く理由は」
霊薬は紫色に光っている。
「僕は失った記憶を取り戻しに行く」
守は霊薬を取り出した。
「やめろ守」
彼は霊薬を勢い良く、引き抜き、胴体にかけた。
「守」
「鐘がなくなれば。僕達が戦う理由は一つだ」
彼は鐘を壊そうとしている。
「その鐘がなくなれば、命の木のエネルギーをまかなう方法がなくなる」
「はあ」
守は、勢いよくおれに切りつける。おれは木刀を構えて受け止める。おれの持っていた木刀
は二つに割れる。
「広人。僕の使命はここで終わりだ」
彼は持っている剣で鐘を切りつけた。鐘には大きなひびが入る。
「生きる意味が見つかればよかった」
鐘を支える支柱は折れ曲がり、地響きがする。視線の左端に光が走る。
「クッソ。やるしかねえ」
一瞬の静寂の後、彼の胴体を稲妻が貫いた。
「守」
守は、稲妻に打たれ、意識を失った。
「何してるんだ、響」
そこにいたのは響だった。
「こうするしかない。霊薬を、使うことがこういうことだとオレたちに教えるために」
「どういうことだ」
「何かに頼るとは、こういうことなんだ」
「ありがとう、広人。君が生き残れば、それでいい」
彼がそう言い終わると、天井は崩れ落ち、大地は水に覆われた。地上の鐘と地下の鐘がぶつ
かり合う。
「守」
大きな鐘の音がすると、おれの意識は薄れていった。流される水の中、意識は消えた。
そこにあるのは墓だった。セーン、広人。そこにはいろんな名前が書いてあった。
私は一人残された。いつもそこを見ると一人だった。そこには私の墓がある。
その場所を私は命の部屋と呼んだ。今日が最後の日になる。
「会いたかったもんだ」
そこには誰もいなかった。
「残されたものなど何もなかった」
だから、最後にこう残した。
「お前は、良く生きた」
そしてこうも思った。
「いつかは、また書き直す」
「おれたちはいつもここにいたんだ」
広人は言った。
「いつだってそう。私たちは後悔していたの」
「もうここに残すことはない」
私は紙を捨てた。
「すべては命のために」
命の木は揺れる。
「何の意味もなかった」
「今日が命の日になる」
死は近づいてきていた。
「残されたのか」
ああきっと託せると思った。この命の部屋を。生きて会えればそれで良かった。おれは何も
持たず命の部屋へ入った。
「人生は繰り返すためにあるのかもしれない」
「あたしは繰り返して良かったなんて思わない」
命の部屋は永遠に続いた。誰か終わらせてくれる人を待っていた。
「終わりを待っていた」
そして、すべての始まりを待っていた。
「繰り返しここにきてよかった」
「広人、任せたぞ」
彼はおれとすれ違って、命の部屋から戻った。
「すべて、変えてくれ」
10.孤独
目が覚めると、おれは研究所へいた。
「広人、起きたのね」
「緑」
「お前がいてよかった、広人」
「響」
そこには響がいた。
「響、何してるんだ。守は」
「命を落としてた」
彼はきっぱりと言った。
「おれが測っているのは、時間だ」
「時間。時間を測っているとはどういうことなんだ」
「霊薬を使ったら一分。そしたらとどめを刺さなきゃならない」
「とどめを刺すって。どういうことだ」
「また命の部屋が現れるかもしれないんだ」
「あの闇のことか」
「あれは死だ。死はおれたちに均等に訪れる」
「もう鐘がならない限り、私が命の部屋を思い出すこともない。守もいなくなった」
緑は下を向いていた。
「命の部屋に行くなんて間違えている」
「静希」
「静希。どうしてあいつらについていったんだ」
「私たちは生き残るには、こうするしかない。命の部屋の記憶がなくなっていく前に」
「あなた、忘れ始めているの」
静希は黙っていた。彼女は周りを片付け始め、最後に霊薬の入った箱をおれに手渡した。
そこには、白と黄色の霊薬が残されていた。
「黒の霊薬は拓真に、オレンジは勝也、紫は守にあげたの」
「守は、霊薬を使ってああなったんだ。おれは霊薬を使わない」
「私たちが、他に命の部屋へ行く方法はないのよ」
「私がやる」
「止めなさい」
「静希。あなた守を失って、なんにも思わないわけ」
「止めろ、争うな」
響は制止した。
「私が今霊薬を使って、命の部屋へ行けば、こんなこと今にでも変えられる」
「あなたがあんなつまらない欲望に手を出さなければ、今こうなってないの」
「いいから、私が霊薬を使って」
「止めろ」
彼は勢いよく霊薬を取り上げた。中に入った霊薬は飛び散る。
「響」
おれは、地面と霊薬の間で起きた衝撃で吹き飛ばされる。
「響、あなた何しているの」
緑の手は震えていた。
「知ってたんだ。霊薬はおれたちが作れるもんじゃないって」
「もう、おしまいよ」
静希は絶望のあまり、何も話せなくなってしまっているようだった。
「響」
彼も黙っていた。ただ拳を強く握っていた。
「お前は、本当は」
「良いんだおれは」
彼は外へ出ていこうとした。おれは彼を追って、外に出た。外には雪が降っていた。
「おれは争うべきじゃないと思うんだ」
「響」
「あんなことで、生きた理由が見つかるなら」
響は振り返った。
「世界はそんなに甘くなかったと思うんだ」
彼は静かに笑った。
「忘れるな。命の部屋を目指す今でさえオレたちの記憶は残る。変えられるんだ、今からで
も」
響はそれだけ言うと、歩き出した。
「静希、静希」
緑は何かを思い出したようだ。
「私のせいで、あなたが。あんなことで霊薬に手を出したから」
「私は彼女に最後を与えるはずだった」
おれは去ろうとする、静希の手をつかんだ。
「あなたはここにいていいの」
静希は答える。
「どういうことだ」
「命の部屋から帰ってきたのは、あなたじゃないから」
彼女は地面に転がった、青色の硬貨をつかんで緑に渡した。
「私はすべてを終わらせる」
「あなた、見えてないの」
おれは黙って彼女から青色の硬貨を受け取った。おれは彼女の後を追った。
11.終わりの部屋
研究所から出ると、冷たい夜の風が吹きつける。その時にはすでに、彼女を見失っていた。
おれは一旦、冷静になった。硬貨を掲げてみる。青い硬貨は、月夜に照らされ、輝く。
「きっと、命の木だろう」
彼女に最後に会えるとしたらきっと、そこだろう。そう思った。命の木へ着くと、彼女は月
を見ていた。
「すべてが変わってしまった」
「命の部屋に行き、すべてが起きる前に戻る。それがおれの願いだ」
「あなたは彼を通して自分と向かい合う」
「そういう意味では、彼以外はあなたにとって、誰もいらなかった人なのかしらね」
「そんな理由でも、お前たちが与えてくれた理由だろ」
「あえて良かったわ。あなたに」
「静希、これがお前の硬貨だ」
「私の硬貨はこれだったのね、ありがとう」
彼女は代わりに緑の硬貨を手渡した。
「私はもう命の部屋を思い出すことはない」
「もう思い出せないのか」
「彼女が思い出してきているからかしら」
「緑のことか」
彼女は黙ってうなずいた。
「すべてを見るなんて恐ろしいわ。私にとっては死ぬこと。それが命の部屋に行くというこ
と」
「死ぬこと」
「すべてを知ってしまったら。私たちは終わる。なら知らないほうが賢明ね」
「お前は、命の部屋へ行くために生きたんじゃないのか」
「命の部屋へ行くことは死ぬことと同じなの。命の部屋なんていかない方がいいのよ。すべ
てを知ろうなんて恐ろしいわ」
「終わりは始まってるのか」
「生きるってこういうことなのよ私にとって」
とってつけたような、その言葉は彼女の人生への諦観を表していた
「私にはわからないわ。そのほうが生きてるって感じるでしょ」
「最後の記憶。私がいたのは終わりの部屋」
「もう覚えてないのか」
「私たちは終わりへと向かっていくの。すべて覚えていたのに、私ってバカね」
「すべて同じなのかもね。記憶をのぞけば」
おれと彼女は正反対の方向を向き、静かに別れた。もう二度と会うことはない、同じ立場と
して。そんな感じがした。
「守も、愛もいなくなった。お前は何をしてるんだ」
おれは焦燥感に駆られていた。
「戦えたじゃないか。おれと」
「お前と争う理由はない」
拓真はそう言い切った。
「おれはすべて見届けて帰るだけだ。命の部屋に」
「お前。なんで諦めてるんだ」
おれは彼の胸ぐらをつかんだ。
「すべてお前が始めたことじゃないのか」
彼は答えなかった。
「おい、拓真。もう見てられねえよ。次々に失っていく」
「命の部屋に行くしかないのか」
彼は、苦い顔をしていた。
「お前、本当は一人で命の部屋へ戻ろうとしてるだろ」
「響」
「あそこには、一人しか行けないんだ」
「なんでそれを今まで言わなかった」
「お前、本当は何を知ってる」
「おれは。何も知らない自分を救いたかったんだ」
拓真は諦めていた。
「誤解すんな。お前がここまで来たのは諦めるためじゃねえ」
「響、どこ行くんだ」
「おれは、諦めたお前を救うために生きてきた」
おれは彼の背中に思い出した。
「響。お前は思い出したのか」
「おれは、裁定者だ。もともと、知ってるし、おれはお前を裁かなきゃならない。それに」
響は、一息ついて言った。
「静希は、緑を殺すことになる」
緑は、静希に殺される。その事実は、到底、理解の域を超えていた。
おれは響に呼び出されていた。
「広人、命の部屋へ行く方法はもうないかもしれない」
「すべて、ここで話していく」
「響、覚えているのか」
「おれたちは、命の部屋へ行った。6人でだ」
「6人」
「広人。お前と、勝也、緑と、静希、それと愛、最後におれだ」
「おい」
「なんだ」
「それじゃあ、拓真はどうなる。おれはあいつが帰ってきたところを目にしたんだ」
「命の部屋へ行ったのは、お前だ。広人」
「何だ」
その時、黒い闇が開いた。
「見ろ、これが命の部屋なんだ」
「おれは諦めたお前を救いたいんだ」
彼は構えた。
「戦うぞ、広人」
「なぜだ」
「命の部屋へ行く理由は、お前で決めろ」
彼は叫び、稲妻をおれに向かって投げつけた。
おれは腕を十字に組み、受け止める。衝撃が湖に走ると、命の部屋は、小さくなった。
「霊薬は使うんじゃねえ」
「行くぞ」
おれは覆いかぶさるように、殴りを入れる。
「命の部屋へ行く理由は、なんだ」
「すべてが始まる前に戻る、それだけだ」
命の部屋は、近くの空間を吸い込んでいた。
「こんなきもちで行けるのか」
彼は蹴りを繰り出す。
「おれは、お前が知るためなら意識を失っても構わない」
右足は弧を描き、おれの頭の上をかすめる。彼は右足を払うように、振り下ろす。
「命の部屋で、おれたちは生きた。お前は当初の目的に従って、命の部屋を出ようとした」
彼は距離をとる。
「命の部屋から出るのを止めたのは太陽神リタ」
「太陽神、リタ」
「お前は、リタと争う。それを止めたのは勝也だ」
「お前は命の部屋から出てきた」
「おれが命の部屋から出てきた」
命の部屋は再び、猛烈な風が吹きつける。
「そうだ。もっとだ」
「広人。お前はこんな終わりでいいのか」
「なにをしてるんだ」
「止めれるなら、止めてみろ。この世界を」
「ここで霊薬を使用するか」
おれは一瞬霊薬に頼りそうになった。彼は思いっきり走り、命の部屋から逃れる。
「行くぜ」
「うはっ」
彼は雨雲を呼び寄せる。彼は右手に空になったびんを握っていた。
「はは、こりゃ楽しみだ」
「拓真。あとは任せたぞ」
彼の身は、命の部屋に吸い込まれる。
「命の部屋へ行くのは、あなたじゃない。広人」
「静希」
「響は、何をしたんだ」
「すべてを知るのは恐ろしいことよ」
命の部屋はまだ開いたままだった。
「私がいたのは、終わりの部屋」
「命の部屋で何が起きたんだ」
「命の部屋にいたのは、太陽神リタ。彼女は永遠の命を得た。私の霊薬を使って」
「どういうことだ」
「私は鎌で彼女を切った。庭で」
「庭」
「私にとって、命の部屋は終わりを表すものよ」
命の部屋は、徐々に勢いを強めていく。
「このままでは」
「すべての過ちを正していく」
白衣を脱いだ。彼女は革でできた黒い戦闘用の短いズボンをはいていた。
「青い硬貨。もっときれいに見えたらよかったのに」
彼女はサバイバルナイフの柄を握った。こちらへ一本を手渡した。
「行くわ」
「止めろ、静希。争う理由がない」
彼女は斜め上から切り下す。火花が散る。
「私たちの生きた意味。いくつも消えた命の果てにここにたどり着いたの」
「救いは命の部屋にあるんじゃないのか」
「記憶なんて確かじゃないものを信じて、あなたを失うのはいや。私たちの明日はどこへいくの」
「命の部屋へ行けば、おれたちはすべて始まる前に戻れるんじゃないのか」
「私たちは、命の部屋から抜け出せなくなったの」
「拓真が、帰ってきたじゃないか」
「もう私は覚えていない」
「覚えてない、どういうことだ」
「はじめはすべて覚えていた。でも、もう思い出せない。ここにいる理由も、生きてる証も。でも、これだけは分かる。ここにいるのは、あなたといたおかげよ。あなたが残りなさい」
「なにを言っているんだ」
彼女はサバイバルナイフを回転して投げる。
「クッ」
彼女は硬貨を取り出した。
「もっと一緒にいられたら。よかったのに。本当は知ってるのよ。誰もが自分の人生を生き
ている、何の関係もない」
「もう終わりなのか」
「色がないのよ、この世界には」
「おれが命の部屋へ行く。だからもうやめろ」
「私たちの生きた世界は美しかったはずなの」
青の硬貨を砕く。彼女は舞って見せた。
「生きた証よ。これが私の人生」
彼女は、見えない刀に手をかけた。彼女の手元には、青い光が集まっていく。
「あなたが来てくれて良かったわ。戦う理由ができた」
「もう、止められないのか」
彼女は右手を振りぬいた。
「残月」
おれは彼女の攻撃を受け止める。湖に衝撃が走る。命の部屋は閉じた。
「あなたが決めるの、広人」
彼女はそう言うと、意識を失った。
「静希」
彼は命の木の前にいた。
「勝也」
「おれは、一人の負けた人間だ」
彼は下を向き言った。拳には力が入っていた。
「どうして、お前がここにいるかわかるか」
「なぜだ」
「命の部屋でお前を止めてやるべきだったからだ、広人」
「止める」
「お前がこうなってしまったのはおれのせいだ」
「そうか」
「だから今、おれは命の部屋に行こうとしてるお前を止める」
「もう争う必要はないんじゃないのか」
彼は静かに首を横に振る。
「思い出すのは焦燥。取り残されたからだ」
「それが、命の部屋へ行く理由か」
「これがおれたちの命の部屋だ」
彼は腰を落とすと、叫んだ。
「瞬間突破」
おれは静希の構えていたサバイバルナイフを構える。彼はお構いなしに殴ってくる。
「突破、突破、突破」
「開け。命の部屋」
「お前は緑を置いて、命の部屋から去った」
「なにを言っている」
「おれは帰ろうとするお前を止めることができなかった。だから今日は止める」
彼の体からは、上記が立ちのぼり、雨雲になる。
「突破」
彼は走り出し、右手を振りぬいた。猛火が近づく。間に合わない。
「守」
そこには、燃えた守の体が転がっていた。
「いけなかったか」
命の部屋は開かない。
「これで最後だ」
「ああ」
「行くぞ」
彼は自分の霊薬をすぐに引き抜くと、頭から被り、顔を振った。
「瞬間、突破」
おれは彼と同じく走り出す。
「おれの勝ちだ」
勝也の腕は、胸にまで貫通する。意識が薄れる。おれは倒れる。
「今日が命の日だ」
おれは倒れながら見つめる。そこには命の部屋が開いた。
「お前が行くんだ」
彼はおれに肩をかし、運ぼうとする。彼が力なく倒れると同時に、おれは水面へと倒れる。
「突き動かすのは俺じゃねえ。お前だ。そこにいるべきなのはお前だ」
「霊薬を使ってしまったはずだ、勝也」
「守」
守は勝也を切りつけた。彼は倒れる。
「死に目に会えて良かったぜ、じゃあな」
彼は地を這い。命の部屋へ入った。
「勝也」
緑は、閉じた命の部屋を見つめて言った。
「広人、私たちはまだ命の部屋へ帰れる」
「静希」
そこにいたのは拓真だった。
「私たちは、生きている」
「これが最後の霊薬だ」
彼は黒い霊薬を取り出した。
「私を信じて」
彼は、黙って霊薬を渡した。
「きっと、正しい終わりを探してる」
おれは立ち上がる。
「拓真、すべて変わってしまった。それはお前のせいだ」
「おれは、帰りたい」
「おれが命の部屋へ行き、すべてが起こる前に帰る」
「なぜ、手負いなんだ。それでは命の部屋へ行けない」
「まだ戦える」
彼はおれの身を起こし、投げ飛ばす。
「戦う理由はなくなった。おれを命の部屋に返してくれ」
緑はためらっていた。
「緑」
彼は叫ぶ。彼女は緑の硬貨を見つめていた。
「命の部屋は、終わりでも始まりでもない。おれにとっては人生そのものだ。生きた証なん
だ」
「すべて分かったんだ」
おれはようやくことの次第を理解した。
「おれは命の部屋へ行った」
「そして、霊薬を飲んでしまったのは私」
緑は、前に出る。
「永遠の命を得てしまった私を止めようとしたのは、静希」
「そして、静希が緑を殺したのか」
緑は、泣いていた。
「私は繰り返す」
彼女はそう言うと、黒い霊薬を引き抜いた。
「止めろ、緑」
「何もわからなかったわけじゃない。私たちは同じことを繰り返すために、生きたの。今日
が始まりの日」
彼女は同じことを繰り返そうとしていた。
「すべて変えて」
緑は、黒い霊薬を緑の硬貨の上に落とした。水滴が触れると、衝撃が起きる。
「広人。勝ちなさい」
湖には、円形のエネルギーが散っていく。おれの傷は癒えていく。拓真は、気を失った彼女
を抱きとめる。
「緑は霊薬を飲んで、同じことを繰り返してるのか」
「そうだ」
「お前は、命の部屋から帰ってきた。緑を殺す静希を黙って見つめて」
「そうだ」
「止めようとした勝也すらも、殺して」
「そうだ。知ることがすべてじゃない。知って何になった」
「お前は、一人で帰ってきたのか」
「残されたのは、お前だけだ、広人」
残されたのは一人。彼と向かい合う。
「おれが命の部屋に戻る目的は、うまくいかなかった自分と別れを告げるためだ」
「おれはお前を止める」
「命の部屋へ帰る」
「おれは。命の部屋から帰ってきた、お前だ。広人」
おれは自分を見つめた。
「墓」
そうか、こういう気持ちだったのか。おれは分からずに墓をたてていたことにようやく気付いた。
「名前はない。おれはここに残れるはずがないんだ」
彼は、胸元から紙を取り出した。それは、命の部屋から帰ってきた瞬間、彼が受け取った紙だった。
「生きた証だ」
拓真。そこにはそうとだけ書いてあった。
「だからこうしたんだ」
彼は紙を引き裂いた。
「自分の名前」
「残されたのは、お前か。広人」
「命の部屋へ行く意味は」
「すべてに意味なんてないんだ」
「いったい、命の部屋とは何なんだ」
「おれ達の残された場所だ」
「お前が命の部屋へ戻るのは」
「言ったろ。おれは後悔を晴らす。自分にな。そのために帰ってきた」
「お前は一人で命の部屋へ行ったのか」
「おれはお前が懐かしい」
「どういうことだ」
「そんな笑顔で笑え日があると思うと、怒りが止まらない」
「止めろ」
「なにをしてたんだ。お前には覚悟がない。おれの背負ったもんを見せてやる」
おれはまだ彼と戦う覚悟が決まらずにいた。
「お前は誤解している」
「すべてを変える」
「今日が、命の日じゃない」
今日が最後の日となる。しかし、それは始まりでも終わりでもない。
「おれたちは生きているんだ」
命の続きを知りたかった。おれはすべてを知るために駆け出した。見たこともない景色を求めて。
「おれはすべて背負う。帰れる日まで」
「今日が最後なはずがないだろ」
「いいや、今日が最後だ」
彼は距離を取った。
「いつかは変わる」
「それはそういう意味じゃない」
「もう、ためらう必要はない」
そのときには、すでに勝也との戦いで受けた傷は治っていた。
「お前に教えたかったんだ」
「拓真、なにをするんだ」
「思い出せるか昨日のこと」
「思い出せない」
「それでも残されたんだ」
「なら、命の部屋に行くしかない」
拓真は、黒い霊薬を取り出す。
「あの時、拾ってくれただろ」
残された一つの霊薬は、おれが拾ったものだった。
「描きたい未来もない。いつかは自分もいなくなるんだ」
彼は覚悟を決めた。
「いまここで命を使い果たすよ、広人」
彼は、黒い霊薬を湖に溶かした。水面と霊薬との間で、発火が起こり、命の木は燃える。
「霊薬。これはおれたちの過ち」
「拓真、最後の望みはなんだ」
「会いたいんだ、彼に。未来の約束なんだ。何してるんだろうな」
拓真は首をかしげて微笑んだ。
「生きて会えればそれでいい」
彼に合わせて、息を吸う。
「さて」
ふうと息を吐いた。
「残されたんだ」
おれたちはどれだけのことを覚えていられるか。それは決して多くない。そして残されたこ
と。それは命を繋ぎ止めたということ。
「残してくれたのは、お前だったのか」
彼はこの機会を逃さないために帰ってきた。
「いつかは変わる」
おれは言った。彼は走り出した。
「おれが帰るには」
戦うしかない。
「今日、お前は死なないんだ」
おれは彼を抱きとめた。
「広人」
拓真は、驚いていた。
「今日は、命の日じゃないんだ」
「広人」
「最後の日になったね」
「緑」
「今日は、命の日じゃなかったの」
彼女がそう言うと、命の部屋は開いた。
「お前が命の部屋へ行け」
「お前たちは、どうするんだ」
「おれたちはここに残る」
幹の折れる音がすると、命の木は傾き始めた。
「人生は思い出すためにあるのかもな」
「止めろ」
「おれは霊薬を使っている。お前が、命の部屋に行けよ」
「おれが、いくのか」
「おれにはできなかったことだ」
命の部屋から帰り、もう一度正しい選択をする。長い繰り返しの中、おれは彼と一つにな
る。
「おまえにとって、人生はなんだったんだ」
「生きることだ」
人生、始まりを待っていた。
「おれは、帰ってくる。お前と出会うまで」
彼は倒れていた。
「ここは、おれたちの命の部屋、人生になったんだ。ありがとうな、広人」
「すべて変えてやる」
おれは命の部屋への扉をくぐった。おれは死ではないと思った。それは生でもなかった。
「生きてんだ」
まだ変えられる。おれは命の部屋へ入る。
「いつかは変わる」
今日は、命の日ではなかった。
命の部屋で、広人は、制作者、田中凌太と出会う。
何から守りたいか
緑:嘘 拓真が嘘じゃないかという疑念 特徴色 緑
静希:母親としての自覚 特徴色 青
愛:嘘 拓真の嘘 特徴色 赤
おれは、ここで生まれたっていうのか。
あなた、何言ってるの。命の庭にいたのは、私。
緑、もういいの。
何が。
どういうこと。
愛は、言った。
それで、どういうことなの。ここに来たのは、私じゃなくて、拓真よ。
いいんだ、愛。これに関与したのは、おれだ。
どういうこと。
いいか。混乱するな、緑は騙されている。ここは、おれたちが作ったもんだ。
命の部屋、かしらね。
そういうこと。
じゃあ、私たちは、この世界の広さを知った。それでいいと思うの。
はあ、何言って。
だって、そうでしょ。拓真、ここは、カスケードシステム。あなたの、右腕に埋め込まれたもの。
どういうことだよ。
ユーティリティデバイス。持って、逃げて。
おう。
じゃあ、緑。始めましょう。
ええ。
来たわね。
霊薬は
私の手
久しぶりだな。ここに来たのは
勝頼(アンドレ)
馬岩。
ある日帰宅したら自宅のアパートが半壊していた。それはアニメの主人公やドラマの登場人物ではなく、一般的なOLである私の話だ。
今日も帰宅後のビールを楽しみに満員電車に揺られた私は、自宅近辺に人だかりができていることに驚いた。何か火事でもあったのだろうか。この辺りは新しい建物が多いとはいえ、煙草の不始末や少しの不注意で火事は起こる。それでもまあ、私のアパートには関係ないだろう。そう思っていたのが数分前の出来事だった。
自宅に近付くにつれて心臓が不安を知らせる。まるで平和でいられる時間のタイムリミットのように、鼓動が速くなる。どう考えても騒ぎの中心にあるのは私のアパートなのではないか。しかも家屋が壊れているらしいのは、私の部屋があるあたりではないか。
戦時中の国ならまだしも、ここは日本だ。突然家屋が爆発するわけがない。そうやって自分を落ち着かせようとしても、どう見ても私の家が壊れているのである。窓ガラスが割れ、壁にもひびが入っている。群衆に近づくと、心配そうな顔をした人々が私に道を譲った。まるで確認を急いでいるみたいだ。この場で最も重要な人物は私である、と言うように。
「大変なことになったねえ」
私に最初に話しかけてきたのは、大家の老婦人だった。そこで私は、ようやく自分の家が半壊しているらしいことを認めた。何も現実味は湧かないが、引っ越しの時に入った火災保険はこの事態に対応しているだろうか、と冷静に考えてしまう。
「何でも、事件の犯人を追っていた途中の出来事らしいの」
家に穴を開けるとは、余程凶悪な犯人だ。殺人か何かを犯していたのかもしれないと思うと背筋が冷える。犯人が私のアパートを通って逃げることではなく、私のアパートに潜伏することを選んだらどうなっていたのだろう? 呑気に帰宅した私は、殺されていたかもしれない。
「それで修繕はいつになるんですか? 警察が来るんですよね」
事件の犯人を追っていたなら、当然警察だろう。曲がりなりにも市民を守る存在なのだし、業務中に破壊した建物は警察で修復してくれるはずだ。労災的なものが働くのだろう。そう考えていた私の心を、大家さんが打ち砕いた。
「実は警察じゃないらしいのよ」
「え?」
平日昼間に、アパートの壁に穴を開けるような凶悪犯を追いかける人が他にいるだろうか。私人警察とか、探偵という言葉が私の頭に思い浮かぶ。だが私の前に現れたのはそのどちらでもなかった。
「ほんっとーうに、すみません」
目の前にいる男は、スーツを着用して頭を下げている。一見すれば、ただのサラリーマンだろう。その彼が凶悪犯を追いかけ、私の部屋に穴を開けたのだから突飛な話だ。警察なら悪人を追う理由も理解できるが、見たところ一般人らしい彼が犯人を追う理由もわからない。
「何、正義のヒーロー気取り? ライダーとかに憧れてるの?」
大人になってもライダーオタクはたまにいる。私も会社でそういう人をたまに見ると愛想笑いで頷いてきたが、熱のあるオタクの行動力は舐められるものではない。ヒーローの真似事をして命を危険に晒すこともしてしまうのだろう。
「どうしてもあの犯人を自力で捕まえたくて、追っている時にバイクで飛び乗ったんです。そうしたら家の方が壊れてしまいまして……」
彼はサラリーマンらしい口調で事の次第を説明した。だが、私が聞きたいのは「どうしてこうなったか」ではない。「これからどうするか」だ。
「私の家は? どうなるの?」
「とりあえず、修理費用は僕の方で出させていただきます」
「当たり前でしょ!」
たとえ火災保険が効いたとしても、被害者である私が家の修理費用を出すことがあってはならない。このヒーローオタク男のせいで自宅が壊れたのだから、彼がお金を出すべきだ。怒る私に対し、彼は頭を下げ続ける。
「申し訳ありません……」
「で、いつになったら工事が終わるの?」
アパートの部屋が元に戻るまで、私はホテル暮らしやマンスリーマンション暮らしを余儀なくされるだろう。当然その間のお金も彼に請求したいところだが、彼がそれほどのお金を持っているかはわからない。平日の昼間からヒーローごっこをやっているような男だ。一応スーツを着ているけれど、ろくな職についていないのだろう。
「実は、修理業者に依頼が立て込んでいるようで着手できるのが三ヶ月後と……」
「本当にちゃんと調べた? ねえ、全部の業者回ったわけ?」
着手が三ヶ月後なら暮らせるようになるのはもっと先だ。私は半年近くもの間、自宅を離れ、仮住まいをしなくてはならないのだ。彼に詰め寄る私に、大家さんが「まあまあ落ち着いて」と言った。
「今部屋に空きがあればよかったんだけどね。ちょうど埋まってて」
その情報のどこに落ち着ける要素があるのだろう。私はさらに苛立ちを感じながら仏頂面をする。
「こうなったのはこの人のせいだし、この人の家に泊まらせてもらえばいいんじゃないかな?」
「はあ?」
私が呆れたような声を出すのも仕方ない。私達は成人しており、男女だ。自宅に若い女を連れ込んで夜寝ている間に忍び込む、なんてこともあるかもしれない。ただでさえ自宅を破壊されて散々なのに、その破壊した男の性欲のはけ口になるのはごめんである。
「絶対に嫌ですからね!」
「僕も本当に申し訳ないとは思っているんですが、責任をとる方法が自分の家に泊めるしかなく……」
「何で私を嫌々泊めるみたいになってんのよ!」
私が嫌がるのはいい。だが泊める側の男にまで渋られると、私が泊めたくない不潔な女であるかのようだ。泊まった機に乗じて体を狙われるのは絶対に嫌だが、泊めるのもお断りされているように感じると私の矜持に傷がつく。
「嫌ではないんですけど……」
「じゃあ泊めなさいよ!」
大家さんが「言っていることが反対よ」と言ったが無視する。知らない男の部屋に上がり込むなんて絶対に嫌だと思っていたが、明らかに私より社会的ステータスの低そうな男にお断りされたくはない。どうせマンスリーマンションの家賃を払うお金もないのだろうし、私は男の家に上がり込むことにした。とりあえず、野次馬が去ってから自宅に乗り込む。見晴らしがよくなった私の部屋から、いくつかの衣類と日用品を取り出した。何故か男もついてきている。
「下着とかもあるんだからね? 見ないでよ」
「す、すみません……」
一応壊した本人として実況見分をしているような心持ちなのだろう。私の言葉に顔を背けたが、ちょうど目の前にあったらしい本棚を見て口を開いた。
「卒業アルバムとか、ないんですね」
だったら何と言うのだ。あったところで、目の前の男によって壊されていたかもしれない。それに私は、昔の記憶が少しないのだった。
「実家にはあるはずだけど。でも見ることもないし、正直あんまり覚えてないしね」
「そうですか……」
男は何か言いたげだ。私は眉を吊り上げて男を見る。
「何? 卒業アルバム見せてほしかったわけ? アンタと私、そんなに仲良くないと思うけど」
「そ、そんなんじゃないですよ」
では何なのだと言いたいのを堪えて、私はアパートを後にした。男は自宅に案内すると言い、電車を乗り継いだ。意外と離れているようだ。ますますどうしてこの現場にいたのか謎である。男は昼間恐らく大乱闘があっただろうに、背筋を正して立っている。つり革にも掴まらないところを見ると、体を鍛えているようだ。まあヒーローごっこをするなら多少は鍛えるだろう。
目の前の席が空いた時、私は男に譲られる暇もなく座った。男は多分私に「どうぞ」と言おうとしていたのだろうが、それより先に私が座ったので言葉を失ったみたいだ。だが私は家を失ったのだ。堂々としていて何が悪い。私が強気でいると、男が小さく笑っているのが見えた。
「何笑ってんのよ!」
私の声は夜の電車の中にしては大きすぎた。酔っ払い同士の喧嘩だと思われたのか、乗客の視線がこちらを向く。迷惑がっているというよりは、好奇の視線のようだ。
「ご心配なく! 連れですので」
誤魔化すように男が言うので、私は眉を顰める。
「『連れ』? いつからそんなに仲良くなったの?」
「い、いえ……知り合い、ですね」
正直「知り合い」と言われるのも腹立たしいような仲であるが、これから同居生活を送るのだ。この男と、仲良くしなくてはいけないのだろう。本当にできるのだろうか? 男はいかにも自信がなく気弱で、事実私の言いなりになっている。社会的ステータスも年収も、きっと私の方が上なのだろう。なのにどうして、男に養われるような真似をしないといけないのだろうか。本当に、男がヒーローごっこなどしなければこんなことにならずに済んだものを。私が男を睨むと、男は弱々しく笑った。行く先が個室のある部屋ならいいが、1kなら最悪だ。男と布団を並べて寝なければいけない。そうしたら意地でもホテルのお金を払ってもらって外泊しよう。
そう決めていたはずなのだが、男が連れてきたのは東京でも高層ビルが立ち並ぶ辺りだった。私のアパートがあるような場所とは街並みが違う。慣れた手つきでロックを開けて、エレベーターに入る男を信じられない目で見る。この、日中からヒーローごっこをしていて、いかにも仕事で成功していなさそうな男が、どうしてこんないい家に住めるのだろうか? 私と同居するためにわざと広めの家にしたわけではないだろう。そもそも今日の事件がなければ私達は出会わなかったのだし、家を壊したのもわざとになってしまう。彼は、元から大きなマンションに住んでいるのだ。一体、どうしてだろう。
「この部屋が寝室なんですけど、僕は使わないようにするのであなたが使ってください。僕はソファで寝ます」
「当たり前でしょう」
いつものつっけんどんな調子で言ったが、正直私は困惑していた。いかにも低スペックそうな男が、タワーマンションに暮らしているのだ。中身も外見から想像つく通り、寝室以外にも部屋のある豪華な作りである。ソファでなくても、リビングや別の部屋にベッドを運べばそこで寝られてしまいそうだ。正直、六畳一間を想像していた私は拍子抜けしてしまった。
「何かありましたか?」
男に見られ、慌てて平然とした表情を作る。
「別に。お風呂先に使わせてもらうから」
「あ、はい。ゆっくり休んでください」
これは、元々の私のアパートよりもいい暮らしなのではないだろうか。まあ良いのは物件だけで、男がいる時点で減点なのだけど。
浴室も無駄に設備が充実していて腹が立った。私は損を埋め合わせるようにお湯をふんだんに使い、持参したドライヤーで髪を乾かした。風呂上りの姿は見られたくないので早急に寝室に入る。昨日まで男が寝ていたのだろう。できればシーツを交換してほしいところだが、男は潔癖症なのか既に交換されている形跡があった。あのナリで何日もベッドで寝られないほど忙しいということはないだろうし、きっと毎日シーツを替えているのだろう。有難く眠らせてもらうことにした。私は余程疲れていたのか、目を閉じた数秒後には意識を手放していた。
次に目が覚めた時すべてが夢だった、なんてことはなく、私が起きたのは男の家の寝室のベッドであった。家具はあまりなく、掃除が行き届いているという感じでもない。元から寝室を使っていなかったのかもしれない。ではあの男はどこで寝ていたのだろう。客室とも言っていなかったし、ソファで寝る趣味があるわけでもないだろう。
「あ、起きたんですか。おはようございます。今朝食を作りますね」
男は専業主夫のようにエプロンをしてキッチンに立った。改めて見ると、そうしているのが似合う。タワーマンションに住めるくらいの金を稼ぐエリートというより、家の家事手伝いをしている内気な男性という雰囲気だ。本当に、どこからこの家の家賃が出てくるのだろう。そう思っていたところに、家賃の話が出てきた。
「それで、家賃なんですが今回は僕のせいで住む場所を失ってしまったのであなたからは頂きません」
「当たり前でしょ」
普通は申し訳ないと言うべき場面なのかもしれないが、思い出してほしい。私が家を失ったのは、この男のせいなのだ。男は苦笑いをしてフライパンを揺する。
「その代わりに家事をやってほしいとも言いませんので」
「ええ。やらないので安心してください」
私は徹底的に被害者面を貫いた。男は私に朝食を出すと、「では」とエプロンを脱いで出て行こうとする。どうやら用があるようだ。
「仕事?」
「はい」
この男にも務まって、平日昼間からヒーローごっこができて、なおかつ高級マンションに住めるような仕事。一体どこにそんな仕事が転がっているのだろう。
「ふーん」
「い、行ってきます……」
男は苦笑いしながら玄関を出て行った。仕事場でも上司にいびられて頭を下げているのが想像つく。男の仕事は何なのだろうと思ったが、深入りするのも嫌で私も仕事に向かった。
自宅が半壊したというのに、仕事内容は変わらない。当たり前だが会社は個人の都合に合わせてくれない。今すぐあの男を会社に連れて来て代わりに労働させたい気持ちを堪えながら、私はプロジェクトを進行した。こんな苦労はあの男にわからないだろうと言いたくなるが、例のマンションに住んでいるようではいい職業に就いている可能性もある。いや、でもヒーローごっこをしているような男が本当に社会的地位を持っているのだろうか。頭に余計な負荷がかかるのを感じ、考えるのをやめた。ただでさえ男に家を壊されているのに、仕事でも影響が出てしまったら最悪だ。できるだけ男のことを考えないように過ごし、男の待つ家へと帰宅した。男は専業主夫のような顔をして待っているかと思いきや、意外にも留守だった。またヒーローごっこに出掛けているのか、それとも仕事が長引いているのか。男が実は残業三昧だったとしても、男の帰宅まで夕飯を待ってやるつもりはない。私は適当に買った食材で夕食を作り、自分で勝手に食べた。男と食卓を囲んで和気藹々と食べるつもりなどない。私の腹が膨れればそれでいいのだ。
そのはずなのに、二人前作ってしまったのはどうしてだろうか。男が原因とはいえ、家賃もなし家事負担もなしで住まわせてもらっていることに少なからず申し訳ない気持ちがあったのだろう。せっかく料理をするならついでに作ってやろうという気まぐれだ。男がスーパーの総菜を買って帰ってくるなら私の明日の昼ご飯にしてしまって構わない。当然のように私が作っていることを期待していたら一発殴ろうと思う。
私は男より先に男の家のシャワーを浴び、やけに大きなテレビを見て時間を潰していたが、男は帰ってこなかった。どうやら本当に多忙な日々を送っているようだ。この社会のどこに例の男の需要があるのかはわからないが、男は今もどこかで働いているのだろう。
男が帰ってこないので、私は先に寝ることにした。就寝の挨拶をしたかったわけではない。お互いの生活リズムを掴み、この家での立ち振る舞いを確立したかっただけだ。男が滅多に家に帰らないと言うなら豪華な部屋に一人暮らししているようで心地いい。もしかしたら、毎日夜遅くまで残業していてその残業代でこのマンションを借りているのかもしれない。
来た翌日の朝に朝食を作ってくれたのが嘘のように、男はなかなか家に姿を見せなかった。朝は私より早く起き、夜は私より遅く帰る。私が気まぐれに夕食を作ってやった時は、「おいしかったです」とのメモが置かれていた。皿洗いをする余裕はないようで、食洗器に皿が突っ込まれている。この部屋に初めて来た時も思ったことだが、全体的に時間がない人の家という感じだ。掃除も洗濯もほぼ自動で、よく見れば男のシャツはノンアイロンだった。十中八九男は大金を稼ぐバリキャリではなく残業が鬼のようにあるブラック会社員だと思うのだが、その残業代でストレスフリーな生活を買っているのだろう。それにしても、何をしているのか興味がある。
私は休日になって男を捕まえた。捕まえたと言っても、直接男に触れたわけではない。抱き着くなんて絶対にしたくないし、触れるのも抵抗がある。男に用事があっても出掛ける前だろう早朝に、男が寝ているソファを訪れただけだ。
男の寝顔は、意外と難しそうなものだった。もっと間抜けな顔をしていると思ったのだが、日々疲労がたまっていそうな顔である。私は気配を消していたつもりだったけれど、男は私に気付いたようだった。
「どうかしましたか?」
私がリビングに入ってものの数秒で目を覚ます。元から眠りが浅い方なのか気配に敏感なのか、すぐに普段通りの顔になった。
「あなたが何者か聞きに来たの。やけに高級マンションに住んでるし、帰りも遅いし……一体何の仕事をしてるの?」
男が何か答える前に、「ヒーローはなしね」と釘を刺しておく。男の場合、大真面目にヒーローが仕事だと答える可能性があるからだ。ヒーローだけでこのマンションに住めるとは思わない。どこぞの金持ちを助けて大金を貰ったのかもしれないが、それでも社会的信用が必要になるはずだ。
「普段はIT企業で働いています。残業が多い職場なので、帰りが遅いのはそのせいかと」
「ふーん……」
よく芸能人がIT企業の社長と結婚したというニュースを見る。ITは最近景気がいいようだし、あれほど残業すればお金は稼げるのだろう。だが、平日昼間にヒーローごっこをやっていたのは何なのか。毎日残業するほど忙しいのに昼間抜け出すのはいいのだろうか。
「私の家を壊した時に外にいたのは?」
私が鋭いところを突くと、男は狼狽したように手を擦り合わせた。
「ふ、フレックス制です」
要するに、ヒーローごっこと両立できているのだろう。昼間にヒーローごっこをしているからこそ夜残業するはめになっている可能性もある。ITエンジニアといえば暗くておどおどしている人が多い印象だし、男がパソコンを前に一日中口を開かず手を動かしている姿はなんとなく想像できた。多分、ヒーローごっこをやめて稼働時間を増やしたら夜に残業しなくてもいいのだろう。割増賃金になっているにしても、このマンションに住めるだけの給料をくれるのだから大した会社である。
「いい会社ね」
「は、はい……」
男は私から逃げるようにしてキッチンに行き、コーヒーを淹れていた。せっかくの休日の眠りを邪魔してしまったのだろう。男の顔には疲労がにじみ出ている。私のせいだが、勝手にヒーローごっこをして疲れているのだからある意味男の責任だと思う。そのヒーローごっこのせいで、私は家を追われているわけだし。
「休日もヒーローごっこしてるわけ?」
私が近付くと、男は慌てて私にもコーヒーを淹れた。私にも寄越せと言いたかったわけではないが、とりあえず受け取っておく。男のコーヒーは案外濃かったが、ミルクを入れさせてほしいと言うのはなんとなく恥ずかしかったのでやめておいた。
「ヒーローごっこっていうか、それが仕事ですから」
「遊びに行ったりしないの?」
男が友達の多いタイプだとは私も思わないが、それにしても学生時代の友達の一人や二人いるだろう。男は、先程私が声をかけなければ一日中寝ていそうな勢いだった。
「私はサクラが好きですから」
「はあ?」
今の季節、桜は咲いていない。花見をするという意味だとしてもおかしいし、私をからかっているのだろうか。男は何か意味ありげな笑みを浮かべている。男だけが知っていて、私だけが知らない情報があるというのがなんともむずがゆい。別に男のすべてを知りたいほど興味があるわけではないのだが、一緒に暮らしている仲で何かを隠されていると思うと妙な心地になる。特に相手がこの、私よりずっと仕事ができなさそうな男だと。
「そういえば、あなたは私のことについて聞かないんだ」
思い返してみれば、私が男について探ったり尋ねたりすることはあってもその逆はない。私は事件に巻き込まれた立場だが、男の立場だとしても急に異性と一緒に暮らすとなれば相手のことを少しは知ろうと思うだろう。私が完全に男を尻に敷いていて、風呂に入るタイミングも夕飯を作る時のメニューもすべて私好みになっているかと言えばそうなのだが。一緒に暮らしている以上、緊急連絡先として相手の会社くらい聞いてもいいはずだ。
そこで私は思いついた。男は仕事のことをあまり探られたくないようだが、私も男の会社について聞いてしまえばいいのだ。一緒に暮らしていて、何かあった時の連絡先だと言えば断れないだろう。きっと会社について知られたくないのはあまり名が知れた会社ではないからなのだろうが、そんなことに構ってはいられない。むしろ男の恥ずかしい面を暴いてやるのだ。男は一瞬焦ったような表情をしていたが、私が口を開いたことでまた私に向き合った。
「会社どこ?」
「あ、今名刺を……」
私は気落ちした。もっと言いたくない、名乗るほどのものでもないと拒否すると思っていたのに、案外簡単に会社名を出すのだ。名刺は男の鞄からすぐに出てきた。どれほど配り歩いているのか、随分厚い名刺入れだ。ITエンジニアがそれほど外の人と関わることがあるのだろうか。中身は全部同じだろうにあえて中身を選ぶようにしながら一枚を取り出すと、男は「どうぞ」と名刺を差し出した。
「ふーん……」
男は審判を待っているような表情である。私は一応大企業に務めているし、自分の会社がどう受け取られるか緊張しているのだろう。
名刺に載っていたのは、ITベンチャーによくある横文字の名前だった。当然ながら私の取引先でもないし、テレビや駅の広告でよく聞くような名前でもない。きっと就活に失敗したか、ボランティアで続けているヒーロー活動と両立できるのがここだけだったのだろう。
「ま、頑張って」
連絡先を手に入れるという大義名分だったことも忘れて、私は男に名刺を返却した。男はまた名刺入れの元の位置に入れる。どこに入れても同じだろうに、仕事ができない人はそういう細かいことにこだわるのだ。
男が名刺入れを鞄に戻し、しばらく落ち着いてコーヒーを飲んだ。静かな休みの朝だ。私はすっきりしているが、男はそうではないのだろう。もう寝ていいと私が部屋に下がろうとした時、男が口を開いた。
「僕がどうして、あなたのことを知ろうとしないのかでしたね」
「……ええ」
男の会社名を知ってやろうという企みに流れてしまったが、そういえばそんな話もしていた。男はやけに真剣な雰囲気だし、「それは全部あなたのことを知っているからです」とでも言いかねない。実際にそんなことを言われたら、私はもうホテルに住むしかないだろう。残業代でこのマンションを借りている男にはホテル代を追加で払うような余裕がないかもしれないが、私のストーカーかもしれない男と同居はできない。私の家を壊した理由も、ヒーロー活動で偶然ではなくずっと私のストーキングをしていたからの方が自然に感じる。
視界の隅で出口への動線を確かめていると、男は案外平和なことを言った。
「では、小学生時代について教えてください」
「……何で?」
普通、同居していて気になるのは務めている会社やその所在地、恋人の有無などではないだろうか。恋人の有無を聞かれたらかなり気持ち悪いが、一応知りたがる心理は理解できる。でも小学生の頃のことなんて、同居生活に一番関係ないだろう。それに、私が一番苦手としている質問でもあった。
「実はね、小学生時代のこと……っていうか、小学校高学年あたりのことをよく覚えていないの」
私が切り出すと、その内容から重い話であると察したようだ。躊躇いがちに、「と言いますと?」と返ってくる。人とのコミュニケーションが苦手だろう男にデリケートな話を優しく聞く技術など期待していないが、一応気を遣っていることは感じられる。私ももう慣れたことであり、変に気を遣われるのも面倒なのだが、気を遣うなと言った方が男は混乱してしまうだろう。
「事故に遭ったみたいで、数年間の記憶がないの。でも日常生活は問題なくできるし、事故以前の記憶はある。なくなったのはほんの数年の記憶だけ」
私は自分を被害者だとか可哀想だとか思っていない。男に家を壊されたことに関しては紛れもなく被害者だと主張させてもらうが、記憶を失った件はそれほどの憤りも悲しみもないのだ。ただ変わらない過去としてそこにある。私は平気なのに、男は何故か悲しそうな顔をしていた。多分何と言っていいかわからなくて、しんみりした表情を作っているだけだろう。私も最初から男に慰めてほしいと期待しているわけではない。
「別に気まずくならなくていいから。元気出して。あ、それともまた寝る?」
「元気を出すか寝るか、どっちにすればいいんですか……」
確かに矛盾してしまっていることを言ったのは私だが、いちいち指示を仰ぐのはいかにも仕事ができない社会人という感じがする。本当にどうして、ヒーロー活動などやっているのだろう。
「どうしてヒーローごっこしてるわけ?」
男は、視線を目の前のテーブルに向けた。何かを考えているような、それでいて感慨深さもあるような表情だった。とてもIT会社でこき使われている人のようには思えない。男にはそういう面がある。仕事ができないのだろうと思わせるへたれた部分と、妙に達観したような部分が。
男はたっぷり間を溜め、それでいて実にありふれた答えを言った。
「大切な人を守るためです」
「そうですか」
男はアンパンマンやらライダーやらに憧れているのだろう。「大切な人」というのも、特定の誰かがいるわけではないに違いない。特定の彼女がいるならば、私と同居生活はしないはずだ。多少無理をしてでも私のホテル代を払うだろう。
いくつになっても夢を諦めきれないのが男性だというが、男の場合は深刻な気がする。仕事とヒーローごっこの両立で、明らかに体に支障をきたしているだろう。
「ほんといい加減にしなさいよ? 倒れても知らないから」
私が言うと、男は新鮮な感動を目に宿した。
「心配、してくれているんですか」
「そういうわけじゃない」
男の身を案じるとか、可愛らしく心配しているわけではない。同じ社会人として、夢を追うあまり無理をする姿が痛々しかっただけだ。普通に仕事だけやっていれば、残業代でこのマンションに住むことは無理でも普通のアパートで平凡な暮らしができるだろう。そう、かつて私がしていたように。
段々、男は私の平凡な暮らしに憧れて家を破壊したのではないかと思えてきた。だがいかにも弱気で行動力に欠ける男が、ヒーローごっこ以外の理由で人の家を破壊することもないだろう。私は部屋に戻ってまた寝た。起きたら男は何をしているだろうか。段々、からかってやろうという魂胆とは別に男のことを知りたくなっているような気がする。男の奇妙な二面性を見てしまったからだろうか。ただの弱者男性ではないことはわかった。では、男の正体とは一体何なのだろう――?
目が覚めた時、時刻は昼近くなっていた。休日くらい男が昼食を準備して待っていてくれるかもしれない。期待を込めてドアを開けると、男の姿はなかった。またヒーローごっこだろうか。それとも、私の知らない誰かと遊んでいるのだろうか。書き置きくらい残せばいいものを、男は黙って消えてしまう。とりあえず私は一人分の昼食を作り、それを食べた。私がしている家事と言えば食事作りくらいだ。最近では風呂掃除やトイレ掃除もスプレーをして待つだけで終わってしまうし、この家にはドラム式洗濯機がある。ならば自分の部屋を機械の手が届かない所ももう少し綺麗にしようかと思った。ルンバの手が届かない場所もあるし、私が暮らすようになってからシーツも替えていない。たまの休みにシーツを洗濯したところで、男も文句を言わないだろう。
窓を開けて部屋の掃除を始めると、すぐにこの部屋の埃や汚れが目についた。やはり男は元々この部屋を使っていなかったのだ。男のために掃除してあげているようだと思うと腹立たしいが、自分が使うスペースなのだから私のための掃除になるはずだ。
ついでにリビングの床や窓も掃除しておき、ワイパーを元の部屋に戻す。掃除器具は、私の部屋やリビングではない別の部屋にあった。よく見たことはなかったが、中にちらりと本棚があるのが見える。掃除用具を入れている部屋に本を置くなど妙なものだ。余程見られたくない本か、と思ったところでアダルトな本の類を想像した。いや、男のような覇気のない男性ならばアダルトではなく過去の見られたくない写真などだろうか? 卒業アルバムなどを見るのは可哀想な気がするが、私が掃除器具を置いた時に偶然本棚からアルバムが落ちてしまい、それを目にしてしまっただけなら事故だ。私が本棚に手を伸ばした時、すっとその場の空気が冷え込む気配がした。
「駄目だよ」
男だ。男が、後ろにいるのだ。
男はただの弱者男性なのに、私は何故か戦慄していた。今の男には、有無を言わせない圧力のようなものがあった。ただの弱者男性が出すようなオーラではない。やはり男は、普通のサラリーマン以外の何かを持っている。
「あ……」
私が本棚から手を離すと、男の気配が元に戻った気がした。振り向いたら、案外離れた場所に立っている。声はすぐ後ろからした気がしたのに、一瞬で移動したのだろうか。それとも、元から離れた場所にいたのだろうか。男のことがますますわからなくなる。
「悪気はなかったの。ただ、少しからかってやろうと思って」
一般的にはそれを悪気と言うのだが、男は必要以上に責めなかった。
「大丈夫です。見ていなければ」
それほど恐ろしい姿が、卒業アルバムにあるのだろうか? 昔太っていたとか、あるいは整形したとか。今の姿も超絶イケメンというわけではないが、それを凌駕する記録が残っているのかもしれない。私はやり過ぎた、と思った。いくら男をからかうためでも、越えてはいけない一線のようなものを越えてしまった。男は私にもっと怒っていいのだ。
「見ていない、けど。本当にごめん」
「大丈夫ですよ」
もう、いつも通りの男だ。私を止めた時のようにため口でもない。普段敬語の男が、どうしてあの時だけため口になったのだろう。
きまり悪くなった私は、そそくさと自室に逃げた。夕食で顔を合わせた時、男はもう例のことに言及するでもなく共有スペースの掃除まで私がやったことに対して礼を言った。あの時のことについては、なんとなく触れてはいけない雰囲気のようなものがあった。私も話には出さず、今度掃除をすることがあっても勝手に本棚は見ないことに決めた。男にもプライバシーというものがある。風呂に入る時間も寝る時間も私より遅いから忘れていたが、男は本来私とは何の関わりもない他人なのだ。友達でも、恋人でもない。今の関係性を、何と言ったらいいのだろう。考えると妙にはまってしまいそうな気がして、私はまた自室に戻った。
修理業者から連絡があり、修理が完了するまでに半年以上、長くて一年かかると言われたのはその夜のことだ。私の男の家での暮らしも、長ければ一年かかるのである。職場には元の家より近いので便利ではあるが、人の、それもよく知らない異性の家だけに気を遣う。それ以上の問題は、税金的なあれこれだった。
私の家と男の家は、区が明確に違う。長く暮らせば当然そちらに住民票を移す必要がある。一時的な仮住まいだからと言っても、アパートが住める状況でないことは一目瞭然だ。その間どこに暮らしていたのかと役所から問われてしまえば、後々面倒なことになる。
というわけで、翌日に私は区役所に来ていた。まさか都内でも地価の高い区に転居届を出すとは思ってもみなかった。暇なのか、男もついてきている。普段は一人ですぐヒーローごっこに行ってしまうのに、今日は休業らしい。私は男に付き添われながら住居の手続きに向かう。そのカウンターで言われたのは、意外な一言だった。
「ご結婚ですか? それならあちらの窓口で」
「違います」
婚姻届を出すと勘違いしたのか、別の窓口を案内しようとする係員を私は食い気味で遮る。私と男がカップルに思われているなんて、青天の霹靂だった。だが考えてみれば若い男女が二人で役所に来ていれば、自然に夫婦に見えるのだろう。別に男が同伴しなくてもよかったのに、こういう時に限っているのだ。振り返って男を睨むと、男は困ったように苦笑いした。失せろという意味だったのだが、ソファで待っている気はないらしい。仕方なく私は男を同伴した状態で手続きをする。自分の名前と、男の住所。それから判を押す。こうして私はめでたく男の家に正式に住んでいることになった。やりおおせた達成感があるような、できればこうしたくはなかったかのような、複雑な気持ちだ。用が終わったし帰ろうとしていると、隣で男がとんでもないことを言う。
「ついでに苗字を変えていったらどうでしょう」
「はあ?」
私は男を睨んだ。男にしてはあまり怯えておらず、動じながらもしっかり私を見据えている。コミュニケーションがあまり得意でない人が冗談を言うとこうなるのだろうか。女性が改姓するのは、結婚、あるいは離婚した時くらいだ。その上で改姓しろと言っているなら、結婚しろと言っているに相応しい。大方、先程の係員の勘違いを引っ張って何か冗談でも言おうとしたのだろう。男にプロポーズするような度胸はないし、第一私を恋愛目線で見ていない。もし私を異性として見ていたら、同居しているのだから一度は男女の展開になってもいいはずだ。つまるところ男は、ギャグセンスが絶望的に悪いコミュ障のエンジニアなのである。
「私に結婚しろって言ってんの?」
「そ、そうではなく」
「じゃあ何よ」
私が睨むと、男は何か言いたそうな顔をするがなかなか話さない。
「名前を変えた方がいいのではないかと」
私は余計にわからなくなった。私は悪の組織から追われている立場でも何でもないのだ。名前を変えたところで、会社での手続きや銀行の手続きが面倒になるだけである。一体名前を変えさせて、何がしたいのだろう。聞いたところで男にとってはただのジョークなのだから、深い理由があるわけでもあるまい。
私は男の冗談をくだらないと一蹴したが、私の男に対する違和感のようなものが確かに積もっていった瞬間だった。稼ぎが悪そうなのに、何故か良い家に住んでいる。いつも多忙そうにしている。「ヒーローごっこ」とは何なのか。どうしてあの現場にいたのか。聞けばすべて解決することなのかもしれないけれど、私は聞けないでいる。聞いてしまったことで、私と男の仲が気まずくなることを避けたいと思っている。私達はあと一年近く、仲の良い同居人でいなければならないのだから。私はすぐ目の前にある違和感に見ないふりをし、役所を出た。区役所の前には、桜の木が植わっていた。既に花は散り、緑が茂っている季節だが桜は桜だ。
「ほら」
私は桜並木を指さす。男は不思議そうに「何ですか?」と言っていた。コミュニケーション不全の男は、自分で言っていた内容すらも忘れてしまうらしい。それとも、あの時桜が好きだと言ったのは出まかせだったのだろうか。男はいとも簡単に、私に嘘をついている。何かを隠されていると感じながら、何も知らないように桜を見上げた。
「桜、好きなんでしょ」
風で木の葉が揺れ、辺りに心地いい音を流した。私は桜の話をしているというのに、男は私の顔ばかり見ていた。
「はい、好きです」
それはまるで、桜ではなく私のことのようだ。私への告白のようだ。だとしたら何なのだろう。男はほぼ確実に私に嘘をついて、秘密を重ねている。この言葉すら嘘かもしれない。なのに何故か、本当かもしれないと思いたがっている私がいる。男を好きなわけでもないのに、どうしてだろう。
帰り道は桜並木の下を二人で歩いた。もしかしたら「さくら」には別の意味があって、男はそれが好きだと言ったのかもしれない。詳しく調べれば、男の素性も明らかになるのだろう。でも私はそれをしなかった。無理にすべてを知る必要はない。私が小学生時代のすべてを思い出せないように。私達は、今の私と男のままでいいのだろうという気がしていた。
正式に男の家に住むことになってから、何が変わったというわけでもない。私の家が戸籍上も男の家になっただけ。私が払う住民税が、男の暮らす区に収められるようになっただけ。けれどあの日の出来事以降――正確には役所に行った帰りのあのやりとり以降、私達の中で何かが変わったような気がしていた。何なのかはわからない。ただ、以前の私達より少し親密になった気がする。冗談でもプロポーズをされたからだろうか。相変わらず男は私に隠し事をしていて、ヒーローごっこかなんだか知らないが毎日必ず出かけていく。私はそれを見送り、自分の心に見ないふりをして部屋へ戻るのだった。
警察から連絡が来たのは、事件が起きてから数ヶ月が経った頃だった。犯人がようやく自供を始めたとのことだ。逆に言えば私が男の家に住み、ある程度が経つまで何も喋っていないということなのだろうか。改めて犯人に呆れつつ、私は警察と日程の調整をした。何でも私に改めて事情聴取しなくてはならないらしい。
「僕も行きます」
リビングで電話をしていたからか、通話内容が聞こえていたらしい男が立ち上がった。男も一応関係者と言える。というか私の家を壊したのは男だ。警察に呼ばれてはいないが、居合わせても問題はないのだろう。事件当日家を壊されたことしか接点のない私達が、何故今も一緒にいるのかと聞かれたら困ってしまうが。
「ヒーローとして相手が反省してるか見たいとか?」
私は適当に理由を尋ねてみる。私が警察に行くのを怖がっているから、一緒についてきてくれるとかではないだろう。私は被害者なのだから警察も別に怖くはないし、一緒に来てくれと頼んだわけではない。
「そんなところです」
男は話を終わらせ、スマホに目をやった。ヒーローの真似事をしているからか、警察に行くのに慣れているのだろう。警察の方は男のヒーローごっこを厄介扱いしていそうだが。
犯人が罪を認めたとなれば、その犯人を追う途中で男が私の家を壊したことも経費のように扱われるかもしれない。早くアパートに戻れる可能性がある。心は踊るのに、男のことが頭を過る。男はこのまま私の人生の一部に存在した、不思議な存在として終わるのだろうか。私が男の正体を知ることはついぞなく。
無駄に考えるのをやめ、流れに身を任せることにした。向かう警察署は私のアパートのある区だ。何の因果か、私は小学生の頃暮らしていた街に戻ってきている。私が記憶を失った後に引っ越しをしたのだが、私が一人暮らしを始めた場所は私がかつて住んでいた街だ。だからと言って記憶が戻ることはなく、なんとなく見覚えのある街に戻ってきたような感覚で暮らしている。と言っても記憶にあるのは小学校中学年までのものなので、随分街も変わっている。一人暮らしを始めるならまったく知らない街よりかはいくらか心強い程度だ。
警察署を前にして、私は自分が不審でないか確かめる。警察署を訪れる人は罪人以外にもいるだろうが、つい自分が怪しくないか気になってしまう。それに対し、男は慣れた様子で警察署に入ろうとする。まるで自分の家みたいだ。ヒーローごっこをしている中で警察と関わることが多いゆえに妙な特技が身についたのだろう。私は男についていくようにして中へ入った。待合室は意外と普通の病院や区役所に近い。落ち着かずに周りを見回していると、私の名前が呼ばれた。
「はい」
私が立ち上がると、男も着いて行こうとする。警察署まで着いてくるのはよくても、流石に事情聴取まで一緒にいるわけにはいかないだろう。意外と常識がないのか。
私は男を咎めようとしたが、部屋で待っていた警部補らしい人は男の顔を見て頷いた。どうやら面識があるようだ。男のヒーローごっこは、思ったより社会の役に立っていたのかもしれない。
「では、聴取内容の報告から始めます」
警部補の部下らしい人が資料を読み上げる。私からは見えないので何と書いてあるのかはわからないが、言われたのはおぞましい内容だった。
「犯人は元からあなたの家を狙っていて、あなたの家に侵入するつもりだった。ストーキング行為をしていたと供述しています」
「ひっ……」
私は、偶然事件に巻き込まれたのではなかった。私が狙われていたのだ、ストーキング行為と言っても夜一人で出歩くことはしなかったし、多分行きつけの美容院や会社を調べて悦に入っていたのだろう。警察は犯人の供述を淡々と読み上げる。改めて、私が渦中にいた事件の大きさがわかった。あの日、男が捕まえてくれなければ私は今頃殺されていたかもしれない。
男の反応を窺うが、男はそれほど驚いたようではなかった。元から知っていたのだろうか。それなら、私を狙う犯人に目星をつけていたことになる。それとも偶然、私の家に入ろうとする不審者を見つけただけなのだろうか。偶然なら私が前から狙われていたことに驚いてもいいはずだ。男の振る舞いに妙な引っかかりを感じたが、警察の前で無表情でいるだけかもしれないと思った。それと同時に、今まで一面しか見えていなかった男の新たな面が垣間見えたようで妙に緊張した。
「まさか狙われてたとはね」
警察からの帰り道、一緒にマンションまでの道を歩く。不意に役所で名前を変えたらどうかと言われたことを思い出した。男も別で警察に呼ばれてストーカーのことを知っていたのだろうか。男は相変わらずの落ち着いた表情で隣を並んでいた。
「一応今は刑務所にいるけど、出てきたら私も危ないかな」
「大丈夫ですよ」
私の声を遮るように男が言った。その声には不思議な信頼感がある。ただの弱者男性が、どうしてこんな説得力のある声を出せるのだろう。
「僕がいますから」
男のくせに、妙に頼りがいがある。私はこの男のことをもっと知っていいのだろうか。どうしてこれほど頼れるのか、男は隠さなくていいのだろうか。段々と男が何者か核心に近付き始めた予感がしていた時、不意に私達を見て声をかける老人がいた。
「君、第二小学校の生徒だった子だろう。私を覚えてるかい? 担任だったんだよ」
そういえばここは私の小学校があった街なのだ。当時の先生がいてもおかしくはない。声をかけられたところ申し訳ないが、私は記憶があまり定かではなかった。記憶を失っている高学年の時ではない担任だとしても、小学校時代はかなり昔だ。
「すみませ――」
私が謝ろうとした時、それを遮って男が口を開いた。
「ええ、覚えていますよ。佐藤先生。お久しぶりです」
「元気そうでよかった。今では何をしてるんだい?」
「ITエンジニアです」
私は目の前で交わされるやりとりを呆然と見ていた。佐藤先生は、私に向かって声をかけたのではなかったのだ。正確には私達二人だったかもしれないが、そこには男も含まれていた。男は、私と同じ時代に私と同じ小学校にいた。つまりは、同級生なのだ。
「よかったよかった。じゃあ元気でな」
佐藤先生に手を振って、男は平然と歩き始める。置いて行かれた私は慌てて男の隣に並んだ。
「ちょっと!」
「何でしょうか?」
「何でしょうか?」ではない。男は今まで、私にとんでもないことを黙っていたのだ。私達は同級生だった。男は私を一方的に知っていた。脳裏に本棚の中身を見ようとした時のことが蘇る。男が隠していたのは、私と同級生だったという事実なのだ。
「何で言ってくれなかったの?」
「その方があなたを陰から守れると思って」
変なところで遠慮のある、引っ込み思案な性格だ。そんな人が、ヒーローのように私を助けたりするだろうか。
同級生だったというだけで、男の二面性がすべて理解できたわけではなかった。やけに稼ぎが良さそうなのも、毎日変に忙しくしているのも説明がつかない。ヒーローごっこをしているのも本当にヒーローに憧れているだけなのだろうか。むしろヒーローは言い訳で、私を守っていただけなのではないか。小学生の頃から私を知っていて、私を守ってくれるなどかなり私に執着している。親のような愛だ。そして、私を守ることを公然と行う立場とは何なのだろうか。本当にただの会社員が、会社から理解を得てヒーローの真似事をしているだけなのだろうか。すべては、私のために。目の前を歩く男が、急に得体のしれない人間に思えてきた。
「アンタ、私のこと好きなの?」
「はい」
呆気ないほど簡単な答えだ。だから付き合おうという話がしたいわけではない。私は男の謎に歩み寄り、その正体を暴きたいと思っているだけだ。触れたら私達の何かが変わってしまうと思っていたが、既に私達の関係性は変わってしまっている。私達がこれからどうなるのか、私自身にも想像がつかなかった。私は一人の、それも小学生の頃から私を知っている男性に好かれている事実を流し、男の本性に迫った。
「あの日、本当は何をしてたの?」
男は急に立ち止まり、ふっと笑った。
「しょうがないですね。ではお話ししましょう」
男は上を指さし、私を試すように視線を投げかける。
「僕はこれなんです」
「は?」
弱者男性が最近頼りがいを身に着けてきたと思ったら、やはりねじの外れた男だったのだろうか。男が指さす先には空と街路樹しかない。男は故人でも、木でもないだろう。わけがわからないという顔をしている私に、男はさらに説明を加える。
「この木は何かわかりますか」
「……桜?」
「そうです」
男はこれで答えが出ただろうとばかりに微笑んでいるが、私には何もわからない。
「そのスマートフォンで答えを探してみては?」
自分の口から言ってくれればいいのに、どうしてこうも遠回しなのだろう。私は仕方なくスマホを取り出し、「桜」で調べた。出てくるのは花見スポットや、桜を題材とした有名曲ばかりだ。一体何が男の正体に繋がるというのか。まさか「さくら」の作詞者というわけではないだろう。作詞者だとしたところで、今までの言動に説明がつかない。
検索ワードを「桜 隠語」に変えると、ある記事がヒットした。日本の公安警察の俗称。警察用語。私の頭の中をこれまでのことが駆け巡る。毎日の激務や羽振りの良い暮らし、大量に持っている名刺。ヒーローごっことは嘘で、実は本業が日本を守るヒーローそのものだったのではないか。
「あなた、こうあ……」
すべてを言い切る前に、男に口を塞がれてしまった。男は薄い笑みを浮かべて、唇の前に人差し指を立てている。どうやら私の仮説は正解のようだった。弱者男性で、ヒーローを夢見ている痛い男だと思っていた存在は、実際のところ日本を守る公安警察だったのである。
正直な私の感想は、騙そうとするなというものだった。私が男のおどおどした態度に、何度苛ついたことだろうか。仕事ができるなら初めからそういう態度でいてくれれば、私は少し男のことを見直していただろう。それにしても、私の事件は公安警察がマークするほど危険なものだったのか。公安警察が、ただのストーカー事件に動くとは思わない。
「どうして私の危機を助けたの?」
桜の葉が揺れる。小学校にも、同じ桜の木が植わっていたかもしれない。小学生の頃のことは未だに思い出せない。記憶を失うことがなくても遠い昔のことなんて忘れてしまっているかもしれないのに、どうして男は小学生時代からずっと私のことを覚えているのだろう。何故、私をずっと気にかけ続けるのだろう。
「ちょっと公安の権限を使って身の危険を排除しただけだよ。だって僕は、ずっと春奈ちゃんが好きだから」
そう言われた瞬間、私は私の名前を初めて聞いたような感動に囚われた。ずっと一緒に生きている名前なのに、男の口から――健人の口から言われると、別物のように感じるのだ。私は小学生時代、健人のことを何と呼んでいたのだろう。健人くん? それとも苗字?
今日、すべての謎は晴れた。健人はITエンジニアのふりをして国家を守っている公安警察だった。その権限を濫用し、私を助けていた。公安としても、一個人としても、ずっと私のことに執着していた。思えば家を壊したのも、強制的に一緒に住まわせることで安全を確保するためだったのだろう。私を好きなことを考えると、他の目的もあったかもしれないが。
それにしても、同居しているのに少しも手を出さず、公安などとは思わせなかった。一般人のふりをするのが公安の仕事なのだろうが、私はまんまとやられたわけだ。
健人にとって大事な秘密だろうことを大きな声で言うわけにもいかず、私は頭に手をやる。
「さあ、帰ろう。一緒にご飯を食べようよ」
「あ、うん……」
もう健人に弱者男性の影はなかった。自信に満ち、背筋を正して歩く姿はエリートそのものだ。私は唐突に、今私が健人と同居していることを思い出した。今までは、あくまで家を壊してしまったから修理までの間一緒に暮らしているだけだった。男女らしい何かが起きたわけではない。だが、これからはどうだろう。健人は私が好きだと公言しているし、もう公安であることも小学校の同級生であることも隠すことがなくなった。私は実は、とんでもない状況に置かれているのではないだろうか? 十年以上私に執着し、実際に私に危機が訪れたら家を壊してまで私を守ろうとするほど私が好きな人と、同じ家に暮らしているのだ。もう今までと同じ暮らしができるとは思わない。強者男性らしく、全力でアタックされるのだろう。その時、私は私でいられるだろうか。少女漫画のような日々が始まったとして、私はそれに耐えられるだろうか。
同居人の弱者男性が実は公安だったというある意味では喜ばしいニュースだろうに、私はこれからの日々を思うと頭を抱えたくなった。これもまあ、なるようになるだろう。